柳ジョージ&レイニーウッド「雨に泣いてる」


41
歳になって10日が過ぎた。
明日からは
3月である。

3月と聞くと、やはり春の到来という感じがする。
結局、この冬は雪が降らずに過ぎてしまうのだろうか?
いやいや東京のことだ、油断はできない。
3月末にドカンと降ったりするのだ。

たしか
1988
年だったと思うが、
48日だかにドカ雪が降ったこともある。


僕はウインタースポーツというものには、
まったく縁のない人生を歩んできた。
自慢じゃないがスキーをしたのは、
高校
1年生のときの移動教室で1回滑っただけだ。
その後、スキー場には
1989年の冬に苗場のほうに仕事で行ったことがあるのだが、
もちろん滑りなどはしなかった。

スケートは滑ったことがない。
スケボーは乗れるが、ローラースケートはできない。

以前、ジュリーが夜のヒットスタジオに出演した際、
ローラースケートを履いて唄った。
実はこの当時、ジュリーもローラースケートはダメだったらしい。
で、どうしたかというとローラー部分を固定し、唄ったという。

しかし、唄っている途中でローラー部分の固定がゆるみ、
グラッときたらしい。
ビックリしたジュリーは、一瞬歌詞を忘れてしまった。
たしか
1979年の1月だか2月のことである。
ということは、曲は『カサブランカ・ダンディ』だったろうか?

この時期、はじめて知ったアーティストに柳ジョージがいる。
同じく夜のヒットスタジオに出演したのを観て、いい歌だと思ったのだ。
『雨に泣いてる』である。

とくかく声が渋かった。
歌手としての原田芳雄さんを知る前のことである。
『雨に泣いてる』は、僕がはじめて買ったブルースのレコードなのだ。

柳ジョージはその後も彼のバンド、レイニーウッドとともに
『微笑みの法則』や『さらばミシシッピー』などのヒットを飛ばした。
ブルースなんて、よく知らなかった中学生の僕にとって、
柳ジョージは素敵なブルースの先生であった。

柳ジョージにしろ、原田芳雄さんにしろ、
ブルースというと、やはり渋くてカッコいい大人なイメージがあった。
僕も大人になったら、ブルースの似合う渋いオトコになりたいと思った。
声がちょっとハスキーで寡黙な、
そんな大人のオトコを憧れの将来像としてイメージしていたのだ。

柳ジョージは1948年の1月生まれだから、
僕が柳ジョージを知ったのは、彼が
31歳ぐらいの頃である。
いまの僕はもう、その頃の彼の年齢を
10歳も過ぎているのだ。


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歳になった僕は、相変わらず声は全然ハスキーなんかじゃなく、
寡黙とは正反対の饒舌なオトコである。
果たして僕はブルースの似合うオトコになれるだろうか?

でも50歳・60歳になってもパンクの似合うオトコも悪くない。
先週の土曜日に行ったライブで、
エンケンは齢
60で相変わらず叫びまくっていたし。

そういや、何年前のことだか忘れてしまったが、
テレビで柳ジョージが『雨に泣いてる』を
スタジオライブ形式で演奏しているのを観た。
間奏部分でひとりの男性客が「ジョージィ〜」と叫んでいた。

男を魅了する男って、
やっぱりカッコいいなとあらためて思ったものだ。


2007.02