フー「マイ・ジェネレーション」


昨日は朝から撮影に出かけていた。
といっても、今回はモデルとしてではない
()

本業のクリエイティブ・ディレクターとして、
とあるパンフレットで使用する写真の撮影に立ち会ったのだ。
撮影は神楽坂の近くで行われた。
料理専門の撮影を行っているスタジオを紹介され、
はじめて一緒に仕事をさせてもらった次第である。

撮影点数は20点ぐらいあった。
僕は夕方
5時には吉祥寺に向かいたかったので、
なんとか
5時までには終わってほしいと願いながら、
スタジオの玄関をくぐった。
スタジオに入ると、すでに撮影する料理の準備が着々と進められており、
スムーズに撮影の段取りを決めることができた。

驚いたのは、さすがに料理専門の撮影を行っているスタジオだけあって、
器から演出用の小道具にいたるまで多種多様のものが常備されていることだった。
こんな感じの器で、こんな感じの敷物を敷いてとイメージを伝えると、
コーディネーターの人がすぐさま倉庫からイメージどおりのものを持ってきてくれた。
これは非常に助かった。

撮影現場でありがちなのが、あれがない、こんなものはないか、
ということから起こる混乱である。
そのため小道具を買い出しに走ったり、当初予定していたイメージを変えたり、
撮影時間が大幅にズレこんだりということも多々ある。
昨日の撮影は前述のとおり撮影点数が
20点ぐらいあったので、
現場が混乱して撮影時間がズレこまなければいいなと思っていたのだが、
それは見事なまでに杞憂に終わった。
クライアントの担当者も一緒に立ち会ったのだが、
とてもいい撮影だったと満足げに帰られた。

これもひとえに、
スタジオで撮影に協力してくれたカメラマン、アシスタント、
コーディネーターの方たちのおかげである。
あらためて、プロの仕事のすごさを実感させられ、
僕自身もとても刺激になった。いいことである。

スタジオを出たのはちょうど5時だった。
すべてが完璧に運んだ仕事の満足感にひたりながら坂を下り、
JR飯田橋駅から一路、吉祥寺へと向かった。

さて吉祥寺にはナニをしに出かけたのかというと、
これがまたまたエンケンこと遠藤賢司のライブに行ったのである。

昨日はエンケンと絵本作家の荒井良二氏のコラボによる「宇宙一のCDつき絵本」
その名も“ボイジャーくん”の発売日で、その発売を記念したライブが行われたのだ。

事前情報によれば、エンケンの演奏とともに
荒井氏もライブペインティングを行うということであった。
これはまさに純音楽家・遠藤賢司と純絵本作家・荒井良二氏の異種格闘技対決。
期待に胸をふくらませながら受付を済ませ客席へと向かったら、
ステージ上には
4メートル四方ぐらいのキャンバスが設置され、
さまざまなペイント道具が準備されていた。
さらにステージを見れば、
エンケンがアコースティックギターを弾きながら唄うためのセットのほかに、
ピアノとドラム、
さらにはエンケン愛用のグレッチ製エレキギターが
2台もセッティッグされていた。
アコースティック用セットとピアノ、ドラム、
そしてエレキ用セットが用意されていたライブは過去にもたくさんあったが、
事前にエレキギター
2台がセッティングされているというのは珍しいことであった。

それを見ただけで、僕の期待感は爆発寸前である。
きっと今日も凄まじい轟音演奏がくり広げられることだろうなどと考えながら、
僕は席を確保するやいなや売店へと向かった。
昨日発売になった絵本“ボイジャーくん”に
エンケンと荒井氏がサインをしてくれるということを、
これまた事前情報でキャッチしていたのだ。

絵本はあらかじめサインをしたものを
ライブ終了後にエンケンと荒井氏が手渡ししてくれるという段取りになっていた。
僕はそそくさと列に並び、お金を払い、
17番という整理券を手にし、
ホクホク顔で席へと戻り、開演のときを待った。

ライブはエンケンがさまざまなエフェクターを駆使しながら
エレキギターをかき鳴らす『東京ワッショイ』ではじまった。
荒井氏もすぐさまペインティングにとりかかった。
『東京ワッショイ』に続いて、
メドレー的に『男のブルース』が内臓まで響いてくるような轟音とともに奏でられた。
ここでエンケンはいつもこの曲で演るエレキギターを奏でながら
ドラムを叩くという離れ業に加え、
2台のエレキギターを同時に演奏するという、
まさに掟破りともいえるスゴ腕パフォーマンスを披露した。

遠藤賢司61歳。まさしく恐るべき不滅の男である。

さらにライブではウクレレを弾きながら、
かつて飼っていた猫と一緒に海に行ったときのことを唄った
『寝図美よこれが太平洋だ』や、
いったいどうやってこんな風に音を出しているのだろうと
想像不能なぐらいの神業的なハーモニカが印象的だった『ボイジャーくん』なども披露。
まさに硬軟織り交ぜてのエンケンワールドをたっぷりと魅せてくれた。

エンケンのライブはもちろんハズレはないのだが、
昨日のライブはそのなかでも指折り数えるぐらいのクオリティの高さだったと思う。

演奏の素晴らしさに加えトークも冴えに冴えわたり、
暴力事件を起こした元プロ野球選手の伊良部や
大麻問題で揺れる露鵬、白露山に対しプロレスラー転身を提言するなどして
満員の観客の爆笑を誘っていた。

またトークのなかでエンケンは、
言葉もわからないくせにオペラなんかをありがたがって聴いていてもしょうがないという
いつもの持論を語った。
外国のものだとすぐにありがたがる日本人に対し、
エンケンは一貫して異議申し立てを続けている。
以前よりマルクスよりも水平社を設立した西光万吉のほうが偉いし、
ピカソよりも岡本太郎のほうがすぐれているとよく語っていた。
この言葉に対して僕は
「自分の内なるものを見つめろ」というメッセージだと理解している。

そして自分の言葉で、自分のフィールドで、自分の感性で
モノをつくり出す姿勢の大切さを学んだ。

オペラの話の流れでエンケンは、
ボブ・ディランより遠藤賢司のほうがすごいという話をしたあと
「ニール・ヤングは兄貴だから悪口はいわない」といって、
またまた会場から大喝采を浴びた。
そして話題はフーのギタリスト、ピート・タウンジェントへと移った。
エンケン曰く、
ピート・タウンジェントはギターのカッティングに関するライバルなのだという。
そういって生ギターを激しくかき鳴らしながら、
僕のテーマソングのひとつでもある『不滅の男』を唄い上げた。

そのフーがこの11月に来日する。
2004年に行われた野外フェス出演のために来日したことはあるが、
単独公演としては今回の来日が初の日本公演となる。
大阪城ホール、横浜アリーナ、さいたまスーパー・アリーナ、
そして日本武道館で公演が予定されているが、
武道館公演はソールドアウトだという。

僕が中学・高校生のころ、
ピート・タウンジェントは偉大なギターヒーローの
1人だった。
当時はまだ
MTVなどない時代。
ロック関係のビデオソフトもそう多くはなかった。
つまり、動いているロックスターたちを見ることは、
非常に困難な時代だったのである。

そんななか、フーのライブパフォーマンスを集めた
“キッズ・アー・オールライト”が発売された。
が、当時は高額で、さらにいえば我が家にはビデオデッキがなかった。

ピート・タウンジェントが高くジャンプしたり、
腕をグルグル回転させたりしながらギターをかき鳴らす。
ヴォーカリストのロジャー・ダルトリーは、
マイクをロープのようにブンブンとふり回す。
ドラムのキース・ムーンはピート・タウンジェントと一緒に
ギターやドラムをたたき壊す。
しかしベースのジョン・エントウィッスルは微動だにせず
ベースをダウンピッキングしている。

そんなフーのライブは
僕と親友のコクブンのあいだで伝説となっていた。
そして、ことあるごとに「フーのライブって見てみてえよな」と語り合っていた。


そんなことを続けていたある日、
コクブンが耳寄りな情報を入手してきた。
とある輸入盤屋さんの店頭で
“キッズ・アー・オールライト”が流されているというのである。

その話を聞いた僕は、さっそくその輸入盤屋さんへと急いだ。
コクブンの話は本当であった。
僕は約
2時間近く店頭に立ち続けたまま、
ブラウン管に映るフーの姿を見つめ続けた。
それは夢のような映像であった。
活字や写真でしか知らなかったフーのライブ映像が、
これでもかこれでもかとブラウン管に映し出されていた。
動いているフーを初めて見た瞬間であった。

以来、ピート・タウンジェントのマネをして、
腕を大きくふり回りながらギターを弾く練習をよくしたものだ。
が、いくらステージアクションはバッチリでも、
Fのコードが押さえられないという致命的な欠点が災いし、
僕はギタリストの道をあきらめた。

僕にとってはそれだけ思い入れのあるバンドなのである、フーは。
しかし、どうも今回の来日に対して盛り上がるものがない。
ということでチケットも買っていない。

フーは1965年のデビュー。
初期の代表曲『マイ・ジェネレーション』は
ロックンロール音楽の歴史を語る上では欠かせない
1曲である。
僕が高校
2年生のときに解散を発表したが、
1985年のライブエイドで一時的に再結成。
そして
1996年にリンゴ・スターの息子、ザック・スターキーを加え再々結成し、
現在に至る。
とはいえオリジナルメンバーであったキース・ムーンは
1978年に死亡しており、
ジョン・エントウィッスルも
2002年に他界した。
つまり
4人のオリジナルメンバーのうち2人が欠けているのである。
つまり僕にとってみれば、今回来日するフーはフーであってフーでないという、
なんとも複雑な思いを抱かせるものなのである。

10代のころ、あれほど夢中になって聴いたバンドである。
何度フーのライブを生で体験したいと熱望したことだろう。
それがようやく実現するのだ。
本来であれば狂喜乱舞しても不思議ではないのに、
どうにもこうにも気持ちが盛り上がらない。

たぶん、僕は今回の来日公演に行くことはないだろう。
正直いって、いまのフーを観たいとは思わないのだ。
できれば
10代のころに観ておきたかったと思う。

その分、来月も僕はエンケンのライブに行く。
今月末に行われる絵本“ボイジャーくん”の出版記念イベントにも行こうと画策している。

エンケンはもちろん紛れもなく日本のロックンロール・レジェンドの
1人だが、
僕のなかでは過去の人ではない。現在進行形の伝説なのである。

その伝説の人からライブ終了後、
でき上がったばかりの絵本“ボイジャーくん”を手渡された。
帰宅してからすぐに、開いて見た。
インクの臭いがまだする、まさにできたてホヤホヤの本に、
エンケンと荒井氏のサインが記されていた。

この絵本“ボイジャーくん”は、
エンケンのファンであるというひいき目を差し引いても、
実にいい絵本だと思う。
とにかくボイジャーくんがかわいい。
興味がある人は、ぜひ情報をチェックしていただきたい。

開演前、
“ボイジャーくん”と一緒にエンケンのデザインによるピックを買った。
Fのコードも押さえられないのに、ピックなんて買ってどうするの?」と
すかさずツッコミを入れた読者に対し、友に対し僕はひと言だけいいたい。

「うるさい」
()

買ってきたピックは、いつでもどこでもギターを弾けるように
サイフのなかにしまった。
Fコードは押さえられずともロックンローラーのはしくれ。
常に準備を怠ってはいけないのだ。

2008.09