内田裕也「赤い風」


1985年は実にニュースの多い年だった。
6月には豊田商事の永野会長が刺殺され、
神田正輝と松田聖子が結婚。
8月には日航機が墜落し、
9月にはロス疑惑の三浦和義氏が逮捕された。

関西では
1月の山口組4代目組長射殺に端を発する
山口組と一和会の抗争が激化し、
阪神が
21年ぶりに優勝した。
“夕焼けニャンニャン”の放送がはじまったのも、
この年である。

これらのニュースを芸能レポーターの主人公を通じ、
映画化したのが内田裕也さん主演の“コミック雑誌なんかいらない”である。

この映画は裕也さん扮する
芸能レポーターが出演しているワイドショーのプロデューサーに原田芳雄さん、
三浦和義氏本人、永野会長刺殺犯にビートたけしなど、
さすがは裕也さん
!!という豪華キャストが集い、
観る前からワクワクするものだった。

この映画はその過激な内容からかなかなか配給先が決まらず、
1985年の121日、有楽町マリオンで1日だけ上映されたはずである。

その上映日に先立って、
裕也さんがなぜか“オールナイト・フジ”に出演し、
ライブ演奏を行った。
映画のタイトルソング『コミック雑誌なんかいらない』に続き、
アン・ルイスに捧げたという『アニー』、
そして最後に演奏したのが
1981年リリースのアルバム
“さらば愛しき女よ”に収録されている『赤い風』である。

何を隠そう僕は少年時代から裕也さんをリスペクトしていた。
なので“さらば愛しき女よ”も当然買った。
このアルバムは全曲、
レイモンド・チャンドラーの小説と同名のタイトルがつけられた
コンセプトアルバムのようなもので、
ジュリーやジョニー大倉、宇崎竜童、大野克夫、
BORO、井上堯之、井上大輔など錚々たる面々が楽曲を提供している。

このアルバムのなかで僕がかなり気に入っていた曲が、
前述の『赤い風』とジョニー大倉が作曲した『かわいい女』である。

『赤い風』のライブ演奏を聴いたのは、
このときがはじめてだった。
裕也さんのパフォーマンスは圧巻で、
鶴太郎や松本伊代をはじめ番組出演者全員が圧倒されていた。

失礼を承知で書けば裕也さんは
ロケンローラーとしては声も細いし、音域もせまい。
いわゆる上手いシンガーではない。

しかし裕也さんの前では、
そんなことはどうでもよいのである。
内田裕也が唄っている。
それだけで、裕也さんのロケンロールは
OKなのである。

オノ・ヨーコさんに
「マリファナ吸って、酒飲んで、オンナとやって。
そんなことがホンモノのロックだと思ったら大間違いだ」と説教された裕也さんが
「チクショー」と思って映画づくりをはじめたというのは有名な話である。

映画“コミック雑誌なんかいらない”を製作した
1985年、
裕也さんはパルコの
CMに出演し、
タキシード姿でハドソン川を泳いだ。
キャッチコピーは「昨日は、何時間生きていましたか。」というもので、
コピーを書いたのは仲畑貴志さんである。

この
CMは大きな反響を呼び、高い評価を得た。

さらに映画“コミック雑誌なんかいらない”は、
1986年の「報知映画賞」最優秀作品賞・主演男優賞、
「毎日映画コンクール」脚本賞、
「キネマ旬報賞」主演男優賞をはじめ、数々の賞を受賞。
ニューヨークタイムズでも数回にわたり紹介され、
カンヌ国際映画祭の監督週間にも招待された。

そのニュースはきっとオノ・ヨーコさんの耳にも届いただろう。


2007.03