トンプソン・ツインズ「ホールド・ミー・ナウ


昨夜、ゴミを捨てようと思い春日通りに出たところ、
1人の女性が僕の目の前を歩いていた。
その距離わずか
2メートル。
両手にゴミの入った袋をもった僕は、
その女性を見るでもなくホテホテとゴミ収集所へ歩を進めていた。

次の瞬間、突然その女性が振り返った。
その気配で僕も女性のほうに目をやった。
するとその女性は急にスタスタと早歩きになり、
まるで僕から逃げるように何度も僕のほうを振り返りながら
ますますその速度を速めていった。

読者よ! 友よ!! 誓っていうが僕は別にその女性に対し、
いやらしい下心を抱いていたワケでも、いやらしい視線を送っていたワケでもない。
そのとき僕が考えていたのは明日
(つまり今日)の天気のことだった。
なんてったって今日は、
僕が念願としていたチープ・トリックの武道館公演なのである。

昨日の夜の「そらジロー天気予報」によると、今日は雨とのことだった。
せっかくのチープ・トリックである。
しかも夢にまで見た武道館公演である。
雨じゃないといいなと考えながら、
僕は両手にゴミをもって歩いていただけなのだ。
なのにその女性は、
僕をまるで痴漢かストーカーかひったくり犯を見るような目で見、
そして足早に僕から逃げていったのである。

だいたい両手にゴミをもった人間が、
どうやって痴漢やひったくりをしようというのだ。
またゴミ袋をもったまま、
その女性の自宅にまでついていくなんてこと自体がすでに状況設定としておかしい。
もし後をつけるなら、普通手ぶらでしょう。

さらにいえば、相手は僕である。
僕がそんなことをする人間に見えるというのか
!?
誰だ! 見えるなどといっている読者は!!(笑)

たしかにこのご時世、警戒するに越したことはないが、
それにしたってまったく人を見て判断しろってぇんだ、
などと粛然としない思いを抱えたまま、僕はゴミ袋を収集所に置いた。
そして、収集所の真ん前にある美容室のガラスに映る僕の姿を見た。
ジャージのパンツにスウェット地のパーカーを着た僕は、
たしかに怪しげに映らないこともないかと思った。

が、重ねていうが僕は微塵もその女性に対し、
なにかをしようなどとは思わなかったのである。
まったくの言いがかり、これはえん罪だ、
などと思いながらエレベーターに乗ったとき、
以前体験した似たようなケースを想い出した。

何年前かは忘れてしまったが、京都に行ったときのことである。

京都駅に隣接する伊勢丹に立ち寄ったときのこと。
僕がエスカレーターに乗ろうとしたら前にいたオバさんがもたついて、
行き場を失った僕はつんのめるようなかたちで、
そのオバさんのお尻にカバンをぶつけてしまった。

賢明な読者諸君なら、もうお気づきであろう。
そのオバさんは僕がお尻をさわったと勘違いして、
僕を蔑むような目で見たのだ。
痴漢だと騒がれなかっただけでも幸運なのかもしれないが、
このときの屈辱感は忘れられない。

そのときと同じような感覚を昨日受けたのだ。
ただゴミを捨てにいっただけなのにである。

再び誓っていうが僕は、強姦・痴漢はいうに及ばず、
のぞき・下着泥棒に至るまでありとあらゆる女性に対する性的犯罪を憎んでいる。
そんなことは絶対にしてはいけないと考えている。

なぜなら僕もかつて、そんな被害にあったことがあるからだ。

信じてもらえないかも知れないが、
僕は
20歳そこそこの頃、下着泥棒にあったことがある。
朝、ベランダに干していった下着が、
帰宅したらことごとくなくなっていたのだ。
Tシャツや靴下はそのままなのに、
下着だけがなくなっていたのである。

盗まれた下着のなかには、僕のお気に入りのモノもあった。
下着が盗まれたこと自体もちろんショックだったのだが、
僕はその下着がなくなったしまったことでさらなるショックを受けた。

その下着とは、
白地に黒の大きな水玉がポンポンポーンとデザインされたトランクスであった。
水玉の洋服が好きだった僕に、とある洋服店の店員さんがサンプル品をくれたのだ。

その洋服店はもともと原宿にあったのだが、
僕が高校を卒業した
1984年の春に新宿アルタの脇にお店を出した。
もともとそこの洋服が好きだった僕は開店直後、さっそく出かけていった。
ちょうど『ホールド・ミー・ナウ』が大ヒットしていた
トンプソン・ツインズが来日していたときで、
僕が行ったちょっと前に“笑っていいとも
!”への出演を終えたメンバーが
立ち寄ったと聞いた。

『ホールド・ミー・ナウ』はいい曲だとは思っていたが、
トンプソン・ツインズに関してはさほど興味がなかった。
とはいえ、そこは
18歳の少年である。
ついついミーハーな心がわき上がってきてしまい、
あーもう少し早く来ればトンプソン・ツインズに会ったと
友だちに自慢できるのになどと考えたものである。

人気絶頂期のトンプソン・ツインズが立ち寄ったお店の店員さんからもらった、
お気に入りの水玉パンツが名前も顔も知らぬ何者かによって盗み去られたのである。
しかもこの店員さんは、
当時、手塚理美がしていたようなワンレン・ショートボブのとても素敵な女性だった。
僕はこの店員さんに淡い恋心を抱いていたのである。

その愛しの店員さんがくれた大切なモノを盗まれたのだ。

以来、僕は『ホールド・ミー・ナウ』を聴くたびに、
その下着泥棒被害のことがフラッシュバックするようになった。

このように自分が被害を受けてみてつくづく思うのだが、
下着泥棒というのは実に気持ちが悪い。
僕がつい昨日まで穿いていたパンツを、いくら洗っているとはいえ、
匂いを嗅がれたり、かぶられたり、身につけられたりしているかと想像すると、
いいようのない嫌悪感が全身を包む。

いまとなっては確認のしようもないが、
その犯人がせめて男性でないことを祈らずにはいられない。

犯人が男性といえば、僕は男性にトイレで覗かれたこともある。
あれはいまから
10年ぐらい前のことだったと思うが
新宿三丁目のトイレで用を足していたとき、
僕のチョロ松に熱い視線を感じた。
!?と思い、隣に目をやると、その男は僕のチョロ松を見ながら、
自分の毒マムシをいじっていたのである。
僕より
15歳ぐらい年長の、青っちろい顔をした男だった。

よく痴漢にあった女性が声もあげられなければ、
見動きもできなくなるという話を聞くが、
僕はこのときその心境がよくわかった。
本当に声が出ないのである。
しかも、場所は新宿三丁目。
舞台としては危ない、危なすぎる。
貞操の危機を感じた僕は、
用を足したか足さぬかのうちに大急ぎでチョロ松をしまい、
手も洗わず脱兎のごとくトイレをあとにした。

幸いにしてその後はこれといって性的被害にあってはいないが、
こんなのはもうこの
2回で十分である。
十分すぎるぐらい、被害にあった人の気持ちがわかる。
だから、僕はすべての性的被害を憎むのだ。

もしできることなら、
昨日僕から逃げていった女性にこの文章を読ませたい。


2008.04