シルヴィ・バルタン「あなたのとりこ」
広告屋として僕は、
過去に誰かが使ったものは絶対に使わないと決めている。
しかし、そうは思わない広告屋が多いのか、
ただ単に知らなかっただけなのかわからないが、
過去に他社のCMで使われた曲を使った広告がいくつかある。
シルヴィ・バルタンの『あなたのとりこ』は、
たしか1987年にキヤノンのCMで使われた後、
サントリーの“緑水”やANAのCMでも使われた。
それだけ魅力的な曲なのであろうとは思うが、
これはやはりCMづくりとしては怠慢なのではないかと思う。
ちなみに僕は『あなたのとりこ』を聴くと、
キヤノン“EOS”のCMを真っ先に思い浮かべる。
1985年2月にミノルタ(現コニカミノルタ)が
オートフォーカス一眼レフカメラ“α7000”を発表し、
ワールドワイドの大ヒットとなった。
今日では当たり前の機能ではあるが、
当時は一眼レフでオートフォーカスというのは
画期的な技術だったのである。
などと、知ったかぶりをして書いているが、
僕は個人的にはカメラにまったく興味がない。
だいたい写真を撮られること自体が好きではないのだ。
そんな僕が、なにゆえこんな昔のカメラ話を憶えているかというと、
当時カメラ関係の広告をつくっていたからである。
“α7000”の大ヒットにより業界を席巻したミノルタは、
同年9月に“α9000”を発表。
ニコンも負けじと翌1986年4月に“F-501”を発表し対抗した。
この時点で国内市場におけるオートフォーカス一眼レフのシェアは、
早々と50%を超えたるほどの一大マーケットとなった。
キヤノンも“T80”という商品で
オートフォーカス一眼レフ市場に参入してはいたものの、
性能的に“α7000”や“F-501”には大きく水をあけられていた。
そこでキヤノンらしい完成度の高いオートフォーカスの一眼レフを
として登場したのが“EOS”である。
“EOS”というネーミングは
“Electro Optical System”(開発当初はEntirely Organic Systemだったという)の略に加え、
ギリシャ神話に登場する「曙の神」の名でもある。
そんなネーミングからイメージされたものなのかどうかは知らないが
シルヴィ・バルタンの『あなたのとりこ』が使われたCMは、
ヨーロッパの町並みのなかを
女の子たちが教会に向かっているような映像だったと憶えている。
このCMの効果もあってか“EOS”は多くのユーザーに迎え入れられ、
1987年の日本カメラグランプリやヨーロピアンカメラ’87/’88などを受賞した。
オートフォーカス一眼レフの市場競争に役者が勢ぞろいした1987年は、
アサヒスーパードライが発売された年でもある。
その後、各ビールメーカーがこぞってドライ市場に参入し、
翌1988年には「ドライ戦争」なる言葉も生まれた。
さらに1987年といえば、
F1グランプリが鈴鹿サーキットで開催された年であることを忘れてはいけない。
あれから20年。
オートフォーカス一眼レフも、スーパードライも、F1も、
すっかり文化として定着し、21世紀の今日もその人気は衰えてはいない。
シルヴィ・バルタンだって、まだまだ健在だ。
たしか2年前にも来日していたはずだ。
もちろん、1987年にカメラ関係の広告をつくっていた
コピーライターの僕も健在である。
文化として定着するようなことは何ひとつ成していないが、
それでも今日も健在だ。