スザンヌ・ヴェガ「ルカ」

スザンヌ・ヴェガの『ルカ』がリリースされたのは
1988年のことである。
「僕はルカ 
2階に住んでいる 君の家の上だね」という
少年のモノローグではじまるこの曲は、
美しいアコースティックな調べが心地よい名曲だ。

しかし、その美しい調べとは裏腹に、
実にシリアスな歌であった。

「昨日の夜遅く物音がしただろう? 揉め事があったかもしれない
 喧嘩があったかもしれない 
 もしそうだとしても何があったか僕に聞かないで
 僕がどんな気持ちでいるかなんて聞かないで」

『ルカ』は幼児虐待について唄われた曲として、
大きな話題を集めた。
僕のなかでは、この曲…ポピュラー音楽史上、
もっとも美しく哀しい曲である。

『ルカ』のリリースから20年近くの歳月が経ったが、
幼児虐待問題はますます深刻化を増している。

僕の友人に放課後、
共働きの児童を預かる学童保育の仕事に携わっている人がいるのだが、
聞いた話によると体に傷跡がある子どもや心を開こうとしない子ども、
果ては情緒障害が影響してかオシッコやウンチをもらす子もいるという。

幸いにして僕は虐待こそされはしなかったが、
それでも親の暴力にまつわるイヤな想い出はいくつかある。

その最たるものが中3のとき、
父親に「殺してやる」といわれたことだ。

僕の父は悪い人ではなかったのだが、
たまに酔うとどうしようもない人になることがあった。

この日もそうだった。
帰宅した時点で父はすでに酔っていた。
以前にも書いたように僕は酔っ払いが大嫌いなのだが、
それは絶対に少年期の体験が影響している。

父は不機嫌そうに何かをいっていた。
僕はできるだけ関わらないようにテレビを観ていた。
しかし、内心では酔っ払いの父に対する憎悪でいっぱいだった。

そして、事件は起きた。
発端は僕がかわいがって毎晩一緒に寝ていた猫を、
父は力まかせに手で払ったのだ。
それは猫に八つ当たりしているようにしか見えなかった。
この日、父はなにか気に食わないことがあったのかもしれない。
だからといって、それを家のなかまで持ってきて、
しかも猫に八つ当たりすることはないだろう。

僕は、キレた。
そして猛然と父親に喰ってかかった。

僕に対して父もキレた。
そして僕を殴り、前述のとおり「殺してやる」と叫んだ。

これは明らかに躾ではない。
ただの暴力だ。
僕はもし将来父親になることがあったら、
絶対にこんな体験を子どもにさせるようなことはするまいと心に誓った。

児童虐待のニュースに接するたび
「躾のためにやった」という加害者のコメントを見たり聞いたりする。
しかし僕が思うに、躾というのは大人になって
「あー、あのときはこういうことをしたから怒られたんだ」と
納得できるものでなければいけない。

僕が偉そうにこんなことをいうのも何だが、
躾と虐待は本当に紙一重だと思う。

『ルカ』のような少年が、
もうこれ以上増えなければいいなと心からそう願う。


2007.05