SION「新宿の片隅から」


一昨日、打ち合わせを終え、
山手線のなかから外の景色をボンヤリと見ていたら、
ビルの窓から数人が身を乗り出し、
僕が乗っている電車の進行方向である渋谷方面を見ていた。
僕はこういうことに目ざとい。
きっとナニか面白いことがあるに違いないと思って、
窓の外に注目した。

電車がさらに渋谷方面に進むと、道路に人だかりが見えた。
いったいナニが起きているのだろうと思いますます注目したところ、
狭い道路の真ん中で自動車が燃えていた。
よく映画やドラマであるように、
ボンネットからメラメラと炎をあげていたのである。

まだ消防車もパトカーも救急車も来ておらず、
まわりの人たちはその炎をあげている車を遠巻きに見ているだけであった。

五月晴れのお昼時。
のどかな時間のなか自動車が燃えているというのは、
いやはやなんともな光景である。
車が燃えているのを生で見たのは、
42歳にして初体験だった。
どうして燃えたのか、
その後どうなったのかはさっぱりわからないが、
なかなか目にすることのない不思議な光景を目撃した次第である。

さらにその後、新宿で用事を終えた僕は、
新宿通りから靖国通りに出ようとして、
いわゆる新宿
2丁目界隈を突っ切っていた。
途中に、昼夜問わず幅広い年代の男性諸君がたむろしている公園があるのだが、
その前にパトカーが数台止まっていた。
そして、
10人近くの警官が公園にいる男性2人をとり囲むようにして何やら話をしていた。

いったい何事だ!?と僕は興味津々だったのだが、
この公園はいわゆる「ハッテンバ」として有名な公園である。
不用意に立ち止まって、見知らぬ男性から
「どう
? 時間ある?ムッフゥ〜ン♪」なんて声をかけられてはたまらない。
いったいここでナニが起きたのか知りたい、という好奇心に抗いつつ、
後ろ髪を引かれる思いでスタスタとその公園前を通り過ぎた。

僕が18歳のころのこと。
中学時代からの同級生が新宿でひとりお茶を飲んでいたら、
とある紳士に声をかけられたという。
その紳士は単刀直入に、
お小遣いをあげるから一緒にトイレにいかないかといったそうだ。
その同級生は、つくづく新宿は恐ろしいところだと思ったという。

1985年、自主制作アルバム“新宿の片隅で”でデビューしたSIONも、
似たような経験をしたと語っていたことがある。
上京し、新宿をフラフラしていたとき、
やはり僕の同級生と同じように、
ある男性に声をかけられたという話をインタビュー記事で読んだのだ。
最初、その男性は
3,000円だか5,000円だかを出すから付き合わないかといって
SIONに近づいてきたらしいのだが、
SIONは「フザケルナ」といってその場を立ち去ろうとした。
すると、その背後から「
1万円出す」という声が聞こえた。
1万円という言葉に、SIONは一瞬心が揺らいだと笑いながら語っていた。

自主制作アルバム“新宿の片隅で”が大きな話題を集めたSIONは、
1986年アルバム“SIONにてメジューデビューを果たす。
このメジャー第
1弾アルバムには『新宿の片隅から』という曲が収録されている。


新宿という街が大好きで、よく新宿をうろついていた僕は、
SIONに対してシンパシーを感じていた。
SIONのハスキーでルーズな歌声は、
まさに新宿という街にピッタリであった。

10代のころ、お金はないが時間だけはいっぱいあった僕は、
用事もないのになにかにつけて新宿を歩いていた。
そのなかで少年ヤクザにからまれたり、
自衛隊のスカウトマンに声をかけられたり、
インチキアンケート調査員とケンカしたり、
売春婦に誘惑されそうになったりとワクワクドキドキな時間を過ごした。

まさに僕にとって新宿は教室であり、
劇場であり、博物館であり、遊園地であった。
そこで得た数々の経験は僕の貴重な財産として、
いわば貯金されている。
しかし、ここ数年は
新たにこうした財産を積み立てる時間をもつことがなくなっている。
いってみればいまの僕は
過去に積み立てた貯金を切り崩して生きているようなものだ。

これではいけないなと思う。
夜、新宿西口の高層ビル群をベランダから眺めて感傷的になっている場合ではない。
かつて寺山修司は「書を捨てよ、町へ出よう」といい、
鷺沢
(めぐむ)は「町へ出よ、キスをしよう」と書いた。
2人とももうこの世にはいないが、街はいまも生き続けている。
一歩、街へ出れば、刺激的なことはまだまだたくさんあるのだ。
そして、その刺激の
1つひとつをキャッチできる感受性を、
僕自身がいまだ失っていないことと信じたい。

SIONはいまも精力的に音楽活動を続けており、
つい先日も渋谷で行われたライブイベントに出演している。
SIONとは一面識もないが、
SIONがいまもがんばっているということに僕は励まされる。

今月いっぱいはバタバタしているので難しいが、
来月になったら
1日中ゆっくりと、
何をするでもなく新宿をうろうろしたいものだ。
そしていっぱい刺激を受けて、元気をチャージしてきたい。

刺激といっても、
公衆トイレでチョロ松くんを覗かれるのは、
もうカンベンだけど
()

 

2008.05