白井貴子「素晴らしき人生」


昨日は625分に起きた。
ジョージ・ハリソンが亡くなったのが日本時間で昨日の
6時半なので、
どんよりとした空を見上げながら一人静かにジョージの冥福を祈った。

ジョージが亡くなった翌年の2月。
よみうりホールでジョージの追悼コンサートが行われた。
さまざまなアーティストがジョージゆかりの曲を演奏したのだが、
いまでも印象深いのはトップバッターで出てきた白井貴子が唄った
『素晴らしき人生』である。
透明感のある伸びやかなボーカルで唄う白井貴子の『素晴らしき人生』は、
まさにこの曲のエッセンスを見事に表現しきっていた。

この曲はジョージのソロ第1
“オール・シングス・マスト・パス”に収められている曲で、
シングルカットもされた。
1991年にエリック・クラプトンとともに来日公演を行った際にも演奏された
ジョージの代表曲の
1つである。

Tell me what is my life without your love.というサビのフレーズが象徴するように、
愛することの素晴らしさを唄った人生讃歌で、いつ聴いても心が躍る。

ジョン・レノンを「愛と平和の人」という人が多いが、
僕はそうは思わない。
ジョンはならず者の、
狂気の天才ロックンローラーだというのが僕の意見である。
逆にジョージこそが慈愛の人だったと思う。
それはジョージの曲を聴けばわかるはずだ。
ジョージの曲は、やさしさあふれる美しいメロディラインのものが多い。
ビートルズ時代の『ヒア・カムズ・ザ・サン』はその最たるものだろう。
あれはジョージにしかつくれない曲だ。

本当は昨日、さんさんと太陽輝く美しい青空を見上げながら
心の中で『ヒア・カムズ・ザ・サン』を口ずさみつつジョージを追悼したかったのだが、
それはかなわなかった。

でも、いいのだ。

これで今年も、ジョージの追悼月間が終わった。

いよいよ今日から12月。
今度はジョンの追悼月間のはじまりである。

前述のジョージ・ハリソン追悼コンサートのラストに出てきたのが、
財津和夫である。
僕は財津和夫にまつわる個人的なある話を聞いてから
財津和夫がずっと大嫌いなのだが、
僕はこの追悼コンサートにおいて財津和夫がますます嫌いになった。

コンサートのラストは、ステージも客席も全員で
ジョージの『マイ・スイート・ロード』を合唱するというものだったのだが、
財津和夫は演奏の前にコーラス部分の「ハリ・クリシュナ」という言葉を知らないという
仰天事実を露呈してしまったのである。

ジョージの『マイ・スイート・ロード』は、
『素晴らしき人生』と同じく“オール・シングス・マスト・パス”に収められている曲で、
ビートルズの誰よりも最初に全米ナンバーワンに輝いた曲である

ロックンロール・クラシックの1つといっても過言ではない。
なのに、財津和夫はこの曲のコンセプトでもあり、
もっとも印象的なフレーズである「ハリ・クリシュナ」という言葉を知らなかったのだ。

これは重罪である。
ジョージの追悼コンサートのラストを飾るアーティストであろう者として失格である。
朝青龍に対する横綱の品格がどうたらこうたらという以上の問題なのだ、僕にとっては。

財津和夫はビートルズは好きでも、
ソロになってからのジョージ・ハリスンはきっと熱心に聴いていなかったのであろう。
それが事実かどうかはわからないが、
少なくてもそう思われても仕方がない部分は多分にある。
そんなアーティストをブッキングした主催者側にも問題があると思うが、
それより何よりプロとして財津和夫はダメだと思う。

知らないなら、せめて勉強してからステージに上がってこいよ。
それがプロとして最低限やるべきことだろうが。
僕はステージ上で偉そうに振る舞っている財津和夫の姿を、
はらわたが煮えかえる思いで睨んでいた。

いかん、いかん。
書いていたら、その日の様子を想い出して、また腹が立ってきた。
もう、やめよう。

ちなみに財津和夫は、僕と同じ219日生まれである。
村上龍や元シブガキ隊の薬丸もそうなのだが、
僕はどういうわけか同じ誕生日なのに大嫌いな人が多い。
不思議だ。

まあ、かとうれいこは別に嫌いじゃないかな。
最近見ないけど。


2007.12