シーナ&ロケッツ「スイート・インスピレーション」

昨日、出社しようと思ったら、
会社のすぐ近くで事件があったらしく、
警察官によるものものしい警備が行われていた。
マスコミの中継車もいたのでこれは大事件かと思い、
会社のあるビルの管理人さんに取材したところ、
出勤途中の機動隊員が外国人らしき者に刺されたという。

御茶ノ水なんて実にのどかな街なのに、
ホントに物騒な世の中になったものだと痛感した次第である。

さて、御茶ノ水といえば駅前にある丸善の裏側に、
僕の勤務する会社の社員たちがよく行くという、
おいしい博多ラーメンのお店がある。

とはいったものの、グルメとは正反対の世界で生きている僕は、
あまり食べるものに興味がない。
そのお店には一度だけ行ったことがあるが、
僕には正直いって味の違いがよくわからなかった。

しかも、僕はとんこつラーメンというものを、
つい
4年前まで食べたことがなかったというイヤハヤなんともな人間なのである。
とても博多ラーメンについて、熱く語る資格などない。


博多ラーメンについては熱く語れないが、
博多のロック、いわゆる「めんたいロック」についてなら
ラーメンが伸びきってしまうぐらい、いくらでも語れる。
ということで、今日のテーマはシーナ&ロケッツである。

僕がシーナ&ロケッツを知ったのは中学3年生のときであった。
当時、人気絶頂の
YMOがシーナ&ロケッツのアルバム
“真空パック”のレコーディングに参加したことから話題となっていて、
僕もその流れで知ったのだ。

シングル『ユー・メイ・ドリーム』を引っさげて
テレビにも積極的に登場し、
僕は同じくロック好きの同級生と
「鮎川誠ってカッコいいよな」と語り合っていた。

ヴォーカルのシーナとギタリストの鮎川誠はご夫婦である。
先日、山下達郎&竹内まりや夫妻を
日本のミュージックシーンで理想的なおしどり夫婦として挙げたが、
正直いって最後の最後までシーナ&鮎川夫妻とどっちにしようか迷った。
しかも同じバンドで
30年近くも前からずっと活動しているのである。
並大抵の理解や愛情じゃ、とても続けられないであろう。

シーナ&ロケッツは、1981年にアルバム
“ピンナップ・ベイビー・ブルース”を発表後、活動を一時停止した。
シーナの出産のためである。
この間、鮎川誠はソロアルバム“クール・ソロ”を発表したり、
シーナ&ロケッツ結成前に活動していた伝説のバンド、
サンハウスを再結成したり、
自身がメインヴォーカルをとったロケッツのアルバム
“ロケット・サイズ”を発表したりと、常に精力的に活動を続けてきた。

そして1984921日、
産休を終えたシーナがシングル『スイート・インスピレーション』で
満を持して復帰した。
僕はこの曲をテレビ神奈川の“ミュートマ
JAPAN”で知った。
この曲のプロモーションビデオが放映されたのを観たのである。

「ドッドッドーン、ドッドドドーン」という
モータウンサウンドの黄金律をとり入れたこの曲は、
キャッチーでポップで、イントロを聴いただけで
これは絶対にいい曲だと思った。

以前、斉藤和義の『歩いて帰ろう』について書いたときも触れたが、
このベースラインを採用した曲にハズレはない。

曲もさることながらプロモもよかった。
なにもない真っ白な空間をバックに黒い衣装をまとった
メンバー
4人が唄い演奏する、ただそれだけである。
ずっとシンプルなロックンロールを演奏し続けてきた
シーナ&ロケッツの新たなる出発にふさわしい映像だと思った。

加えて、シーナの顔と声が
以前と比べてすごく穏やかになっているような気がした。
『スイート・インスピレーション』を唄うシーナに、
ロッカーとしての攻撃性よりも、
慈愛にあふれる母性のようなものを感じたのだ。

たしかシーナ&鮎川夫妻には
双子の娘さんを含む
3人の娘さんがいた。
家族で広告にも出たことがある。
妻であり母であり、そしてロッカーである。
そんなシーナを、僕はひとりの女性として心からリスペクトしている。

最後に、シーナ&ロケッツについて
個人的な想い出をひとつ。

シーナが復帰した
1984年の翌年、
某学園祭に僕は先輩たちと連れ立って出かけた。
出演は泉谷しげるとシーナ&ロケッツであった。

泉谷しげるのコンサートは、ヤジが飛び交う。
泉谷の登場に向けて、
僕は気合十分な状態でシーナ&ロケッツのライブを観ていた。
ら、演奏中、鮎川誠がギターのチューニングを狂わしてしまった。
大急ぎでチューニングをしなおす鮎川誠。
それをかたずを飲んで見守るメンバーと、我々観客。
さっきまでのノリノリの空気とは異なる、
沈黙した空気が一瞬流れた。

これはイカンと思った僕は、
次の瞬間「鮎川まじめにやれ
!!」とヤジを飛ばした。

誰もがシーンとしていたときだけに、
僕のこのひと声は会場中に響いた。
客席はドッと沸いた。

やがてチューニングを無事にし終えた鮎川誠が
「ほんなら、まじめにやります」といってギターを弾きだした。
会場から再びドッと笑いが起き、ライブはノリノリで再開した。

そして次の曲の演奏中、シーナが何度もうれしそうに僕の顔を見ていた。
・・・ような気がした。

普段から沈黙を恐れる僕の、
実にナイスなツッコミであったといまだに自画自賛している
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2007.03