リック・アストリー「ギヴ・ユー・アップ」

たとえば仕事で、
電話でしかやりとりのない人とはじめて会ったとき、
その声と姿のギャップに驚かされた、
そんな経験をもつ人は少なくないと思う。

かくいう僕もいまから
19年前、
ある一人の英国人シンガーを見て、
「この声で、その顔かよ」と心底驚かされたことがあった。
そのシンガーの名は、リック・アストリーである。

1988年の初夏、
リック・アストリーの『ギヴ・ユー・アップ』は、
本当に街中にあふれかえっていた。
1日に何度も耳にする、そのソウルフルな歌声を聴いて、
僕がイメージしたのは黒人シンガーである。
しかもあご髭が似合う、渋い大人を想像していた。
ら、歌っていたのは白人の好青年で、
この顔のどこからそんな声が出るのだとビックリしたものだ。

リック・アストリーは196626日生まれ、
奇しくも大槻ケンヂくんと同じ誕生日である。
ということは、僕とも同い年なのだ。

彼が大成功を収めた
1988年は、
まだ
22歳だったのである。
この同時期、僕は家賃をいつも滞納するような
筋金入りの貧乏野郎だった。

世はまさにバブルの絶頂期。
世の中は浮かれまくっていた。
しかしこの時期、僕は生活が苦しかったことしかおぼえていない。
他人の金をつかって派手に遊びまわる、まわりの人たちを横目に、
まだまだ薄給だった僕は
諦めずにがんばればきっといつかはいいことがあるさと信じていた。

まさに“
Never give up”の世界であった。

しかしバブルは、僕が一人前になる前にものの見事にはじけ、
バブルの恩恵をこうむることはなかった。

結果的にいえば、僕はそれでよかったと思っている。
他人の金を使って飲み歩いたり、
請求金額を上乗せさせて、その上乗せ分をポケットマネーにしたりするなど、
やはりカッコいいことではない。
いいとか悪いとか以前に、カッコ悪いと思うのだ。

今わが国の景気は上向きになっているという。
また、あんなバブル期のような世の中になることはあるのだろうか?
これから時代がどう変化しようと、
僕は自分から見てカッコ悪いことはしたくない。
遊びたければ自分のお金で遊ぶし、お金がほしければ働くだけだ。

バブル経済の衰退とともに
リック・アストリーの人気も衰え、
90年代以降ずっと長く低迷していた。
22歳での若すぎる成功。
そして、衰退。
その間のリック・アストリーの心境はいかがなものであったろう?

しかし、彼も諦めることはしなかった。

2005年にリリースしたアルバム“ポートレート”は、
全英チャートの
26位まで上がり、
世にリック・アストリーの復活を印象づけた。

もともと彼の歌声は、
アイドル的な扱いをされるような場には、
お似合いじゃなかったのである。

シンガーとしての実力は、申し分ないのだ。
彼の声に、ようやく年齢が追いついたような気がする。

成功も挫折も味わいつくした、
まさに大人の年輪を感じさせるような
「歌いまくる
41歳」になってほしいものである。

同じ時代を生き抜いてきた同級生として、
リック・アストリーにエールを送りたい。

2007.01