パフィー「渚にまつわるエトセトラ」


先週の金曜日、退職当日、
僕は朝から専務に強硬な態度で異議申し立てをしていた。

原因は、その前日に渡された
1枚の書類であった。
その書類を渡されるまで、
僕は専務と穏やかに仕事の引き継ぎをしていた。
話をしながら、いろいろあったがこれで気持ち良く辞めていける
…僕はそんな清々しい気持ちでいっぱいだった。

しかし、その引き継ぎを終えた直後、僕の気持ちは一転した。
どこまでこの人は、僕をナメているのだと思ったのだ。

専務から渡された「退職に関する合意書」なる書類の1項目に書かれていたのは、
僕が今後
3年間、勤務中に知り得た人と接触をもった場合、
200万円を違約金として支払います、というものだった。

僕は一読して、これは白紙委任状に等しいものだと思った。
その書類通りに解釈すれば、
僕がこの書類に書かれていることに反したと判断した場合、
無条件で
200万円支払わなければならないのである。
誰がこんなモノに署名・捺印できようか
!!
僕は渡された直後に専務に異議申し立てをしようと思ったのだが、
ひと晩考えて、それでも納得できなかったらその旨を伝えようと思った。

そして退職日、当日。
目覚めてから僕は思った。
やはり、これはめちゃくちゃな書類だと。

出社し僕は専務にメールを打った。
昨日、渡された書類について確認したいことがあるので、
夕方時間をくださいという内容だった。
僕は
10時過ぎに在職中最後の仕事で出かけなければならなかったので、
夕方じっくり話をしてやろうと思ったのだ。

出社してきて専務はすぐにメールをチェックしたようで、
僕のところにきて「何か問題ありました
?」と聞いてきた。

僕はそこでブチッとキレて、
思っていることをすべてブチまけた。

聞けば、いままでこの書類に対して異議申し立てをした人間は
誰一人としていないという。
よく、みんなこの内容で署名捺印できたと半ば呆れながら、
専務の必死の弁明をイラつきながら聞いた。
そして、いずれにしてもこの内容では
署名捺印はできないといった。

すぐさま専務は社長のところに行き、
善後策を練りだした。
僕は前述の通り出かけなければならなかったので、
帰ってきてから話を続けようと思ったのだが、
社長に呼ばれたので仕方なく社長と専務のもとに行った。

結果、僕がヘンだと思う部分はすべて削除されることとなった。


それでも僕の気分は晴れなかった。

最後の仕事を終え、会社に戻ったのは3時過ぎだった。
この時点で、もう僕は送別会になど行きたくないと考えていた。


僕が戻るなり、専務は僕のもとへとやってきた。
そして、謝罪とともに新たに作成した書類を僕へと差し出した。

その言葉の一つひとつは、僕に虚しく響いただけであった。
あなたがそんなんだから、人は定着しないし、
会社も大きく成長しないんだと思った。

送別会など、空々しいから
もうやめてくれといってやりたかった。
しかし、僕のために忙しい業務のなかで段取ってくれた後輩を思うと、
ここは僕も大人にならなきゃと思った。
そして、専務に対しても、そうしようと思った。
最後の僕の意地であった。

送別会は結局、朝まで続いた。
僕と専務は、さっきまでのことがウソのように
和やかな雰囲気のなかで、語らい続けた。
すべては終わったのだ。
戦い終わってノーサイド、それでいいじゃないかと思ったのだ。

専務はカラオケでパフィーのメドレーを唄った。
そのなかの
1曲『渚にまつわるエトセトラ』を聞きながら
僕は
10年前のことを想い出していた。

この曲が流行った当時、僕は某損害保険会社の仕事で、
いまでいうマッシュアップの手法を取り入れた
保険のセールススキームづくりをしていた。
僕のキャリアのなかで、こんなに苦労した仕事はない。

「カニ食べ行こう〜♪」という
パフィーのノーテンキな歌声がラジオから流れるなか、
僕は深い苦しみのドツボでもがいていた。
この仕事に取り組んでいる最中、
正直いって何度も、これは僕には無理なのではないかと思った。
自分のスキルの限界を
はるかに超えている仕事のような気がして仕方なかったのだ。

しかし、始まった仕事はいつかは必ず終わる。
僕はなんとかこの仕事をやり抜いた。
その経験のなかで得た自信は、
僕のなかでいまも大切な宝物となっている。
どんな困難な仕事を目の前にしても「オレなら大丈夫。絶対できる」と
自分自身を信じられる確たる根拠となっているのだ。

僕はいま、マッシュアップの手法を使った
新しいクリエイティブエージェンシーの立ち上げを考えている。
目指すところはクライアントに対しても、
消費者に対しても誠実な「正直な広告づくり」である。
どこまでできるかわからない。
不安もないわけではない。

でも、その反面で「オレなら大丈夫。絶対できる」と
自分自身に語りかけている僕がいる。

PCE=Professional Creative Ensemble
これが僕の夢だ。
この言葉を旗印に、僕はこれから生きていく。


コンセプトシートは、すでにできている。
いまロゴマークをつくっているところだ。
出来上がり次第、僕は本格的に始動する。

待ってろよ! 僕は言い出したことは絶対にやるのだ。


僕がいい仕事をする。
それがつい先週までお世話になった会社に対しても、
そしてこれまでお世話になったすべてに人たちに対しても、
いちばんのお礼のような気がする。

今日は、その本格的始動に先がけ、1件仕事をこなしてきた。
PCEは実質的にスタートしているのだ。

待ってろよ!である。


2007.07