ピンクレディー「渚のシンドバッド」


今日の午前中、新しい名刺が届いた。
PCEのタカハシとして、いよいよ本格始動である。

税務署に開業届を提出し、銀行口座を開設した。
当初、銀行口座は春日町の交差点近くにある銀行でつくろうと思ったのだが、
PCE名義で口座を開くとなると、
PCE名義の公共料金の領収書が必要とかなんとかゴチャゴチャいっていたので、
そんな小メンドくさい銀行となんか取引してやるものかと、
偉そうにとっとと出てきた。

で、池袋にある印刷会社に封筒のデータを入稿した足で、
茗荷谷の駅前にある銀行で
PCE名義の口座をつくりたいと申し出たところ、
この銀行ではすんなり
OKだった。

春日町の交差点近くにある銀行もバカである。
将来有望な取引先を逃してしまったのだから
()

梅雨明けの日差しを浴びながら、
春日通りをホテホテ歩き帰宅してテレビをつけたら、
赤城農水大臣が事実上の更迭というニュースをやっていた。
当たり前であろう。

その後、クライアントと電話で話をしていたら、
9月に大々的に発売予定だった
無香料の天然水スプレーから匂いがすることが発覚し、
輸入した2万本の在庫を抱えたまま
発売がペンディングになったというショッキングなニュースが伝えられた。

この仕事に僕は関わっていないのだが、
以前からお世話になっているクライアントなだけに、
今後の展開が心配である。

そして夕方、
作詞家の阿久悠さんが
尿管ガンのために亡くなられたというニュースを知った。
享年
70歳。

松田優作が膀胱ガンで亡くなったとき、
膀胱にもガンなんてできるんだと思ったものだが、
今度は尿管である。
ガンというのは、
どこにでもできるのだなとあらためて思わされた。

阿久悠さんが生前作詞した曲は実に5,000曲以上という。
オリコンのページに
阿久悠さんが作詞したシングルの売り上げトップテンが掲載されていたのだが、
1位はピンクレディーの『UFO』だった。
ほかにも
2位に『サウスポー』、4位に『ウォンテッド』、
5位に『モンスター』、そして7位に『渚のシンドバッド』と
ピンクレディーの曲がトップテンのなかに
5曲も入っていた。

ピンクレディーはまさに時代のモンスターであった。
きっと僕と同世代、あるいは少し上の世代の女性たちのなかで、
いまもピンクレディーの振り付けを憶えているという方も多いだろう。

数あるピンクレディーのヒット曲のなかで、
僕がもっとも想い出深いのは『渚のシンドバッド』である。
ちょうどいまから
30年前のいまごろヒットしていた曲だ。

このとき僕は小学
6年生。
この年の夏休み、僕は両親と弟と
4人で
滋賀の大叔母のところに遊びに行くのを楽しみにしていた。
のだが、虫歯からバイキンが入り、
顔がパンパンに腫れ発熱したため僕だけが行くことができなかった。

滋賀の大叔母のところには、この2年前に行ったことがあった。
しかし、このときは僕と祖父とで行った。
子どもの頃、両親と揃って旅行をしたことがなかった僕は、
家族
4人で行けるのを楽しみにしていた。
大叔母も楽しみにしてくれていた。

僕が行けないと知ると、大叔母はすごく残念がったという。
それでも両親と弟が来てくれたことに対しては大喜びで、
「これで思い残すことはない」と語っていたそうだ。

本当に大叔母は、そう思っていたのだろう。
その言葉をまるで身をもって証明するかのように、
大叔母はその年の
10月、急死した。

大叔母の訃報を聞いた日は、ちょうど運動会の前日であった。
僕はこの運動会で応援団長を務めることになっていた。
大叔母が亡くなった夜、
僕は大叔母のところに遊びに行った際に
一緒に撮った写真の数々を眺めながら、
大叔母の冥福を祈るとともに
「明日は応援してください」と心のなかで大叔母にお願いした。


次の日、僕らの組は優勝し、僕は優勝カップを手にした。


ピンクレディーの『渚のシンドバッド』と聞くと、
いつも大叔母のことを想い出す。


2007.08