大沢誉志幸「そして僕は途方に暮れる」


昨日、アタマをかきむしりながら
今日提出する企画書を作成していたときのこと。
ふと
YAHOO!ニュースを見たら、見覚えのある社名が出ていた。
!!と思い、続きを読んだら「破産申請」という文字があった。

この会社の実質的な親会社は、
僕が去年まで勤めていた会社のメインクライアントであった。
僕が在職中からキナ臭いハナシが耳に入っていたので、
「ついに」「とうとう」「やっぱり」という言葉が真っ先にアタマをよぎった。

どれどれと思い、記事の続きを読み始めたところ、
僕が直接担当していた子会社も会社更生法の適用を申請したという。
この子会社の社長には、いろんな意味を含めていろいろと鍛えてもらった。
とにかく強烈な社長だった。
いったん機嫌を損ねたら最後、その先には罵詈雑言の嵐が待っていた。
真夜中に呼び出され、提出したデザイン案が気に喰わないと
「明日の朝まで直して持ってこい
!!」と平気でいう社長だった。

真夜中の2時すぎ。
この社長に怒鳴られ、
どうやって明日までに修正したものを提出できるよう仕事の段取りをつけようかと、
途方に暮れながら御茶ノ水の事務所に帰った日のことをいまもまざまざと憶えている。

大沢誉志幸の大ヒット曲『そして僕は途方に暮れる』どころの騒ぎではない。
不謹慎ではあるがいっそこのまま大地震でもやってきてくれないか、ってな心境であった。

しかし、この社長に僕はすごく感謝している。
この先、どんなクライアントの社長と一緒に仕事をしても、
この社長に勝る強烈な人はいないと思うからだ。
この社長と一緒に仕事をし、数々の修羅場をくぐったことによって
とてつもない度胸がついたのだ。
どんなに辛いことがこの先待っていようと、
この社長と一緒に仕事をしたときの苦労には及ぶまいと心から思えるのである。

まさに「矢でも鉄砲でも持ってこい」ってなもんだ。

この元クライアントが会社更生法を申請したということは、
現経営陣は総退陣となるだろう。
社長の今後も気になるし、知っている社員の人たちのことも気になる。
もはや企画書づくりどころではなくなった僕は、
なにか別の情報が載っていないかと思い、さまざまなニュースサイトを見てみた。

が、残念なことに、そこに新しい情報はなかった。
というより、どのサイトを見ても同じような内容しか載っていなかった。
なかにはまったく同じ文章の記事を掲載しているサイトもいくつかあった。
通信社が配信したニュースをそのまま掲載したのであろう。

僕はまったく同じ文章が掲載されているニュースサイトを見ながら、
愕然とした。
ジャーナリズムという言葉からはほど遠い、
「とりあえず載っけとけばいい」というような姿勢を感じたからだ。

別にここでジャーナリズム論を滔々と述べるつもりはないが、
僕が思うに報道に携わる人間というのは、
そこに独自性がなければダメだと思う。
抜かれもしなけりゃ、抜きもしない。
そんなぬるま湯にどっぷり浸かったような横一線の報道など、
まったく意味がないと思うのだ。

偉そうなことをいうようだが、
僕はこの国のジャーナリズムの堕落を昨日あらためて痛感した。

毀誉褒貶いろいろあった雑誌ではあるが、
僕は“噂の眞相”という雑誌が大好きであった。
この雑誌を知ったのは、僕が広告の世界に入って間もなくであった。
僕を面接してくれた当時の上司が
「タカハシくんもこの世界で生きていこうと思うなら、
これだけは必ず読んだほうがいい」と奨めてくれたのだ。

以来、20043月の休刊まで、20年近く愛読し続けてきた。

噂の眞相は「タブーなきジャーナリズム」という方針のもと、
他の雑誌ではなかなか取り上げることのできない数々のスキャンダルを暴いてきた。
創刊から休刊まで約
25年の歴史のなかには、
時の東京高検検事長を失脚に追い込んだこともあれば、
右翼団体の抗議・襲撃を受けたこともある。

僕は噂の眞相の岡留編集長と何度かお会いしたことがあるのだが、
とても過激なスキャンダル雑誌をつくっている人とは思えない、
物腰のやわらかな人だった。
僕は岡留編集長に対し、
てっきりブラックジャーナリストのようなコワオモテの人だろうと
勝手な想像をしていたのだ。

僕が去年退社した会社に勤める前にお世話になっていた会社は新宿三丁目にあり、
噂の眞相の事務所とは徒歩1分の距離にあった。
僕が勤めていた会社の本社があったビルの
1Fは牛丼屋さんだったのだが、
よくベランダでタバコを吸っているとき、
この牛丼屋さんから出たり入ったりする岡留編集長の姿を拝見したものだ。

他に類を見ないユニークで名の通った雑誌の名編集長だというのに、
牛丼屋さんにスイスイ出入りしている岡留編集長の姿からは、
そんな気負いや見栄はまったく感じられなかった。
僕は岡留編集長ってスゴイなぁ、さすがだなぁと妙な感心をしたことを憶えている。

噂の眞相が休刊したとき、会社は黒字だったという。
黒字のまま惜しまれつつも潔く休刊する噂の眞相に対し、
僕はある種のダンディズムを感じたものだ。

噂の眞相がなくなってから早4年。
残念ながら噂の眞相のような気骨のある雑誌はない。
そしてこの国のジャーナリズムは、ますます骨抜きになっている。
もちろんすべての雑誌に目を通し、
すべてのジャーナリズムに精通しているワケではないので断言はできないのだが、
個人的な皮膚感覚としてはそう感じてしまうのだ。

昨日、破産申請をした元クライアントは
関連会社も含めて負債総額が
300億円とも530億円ともいわれている。
数字的にどっちが正しいのかはわからないが、いずれにしても大型倒産である。

にもかかわらず、
今朝の朝日新聞にはこの件に関するニュースがまったく載っていなかった。
もはや
530億円程度の倒産ではニュースにならないというのだろうか?
だとしたら恐ろしい。
昨日わかっているだけで社員約
300人が解雇されたのである。
売掛金のある中小企業も多いだろう。
なんてったって
530億円の負債なのだ。

老舗の料亭で客の食べ残しを使い回したなんてことよりも、
こっちのほうが社会的に重要なのではないか。

僕は今朝、新聞をめくりながらそんなことを考えた。

2008.05