御守孝明「黄昏の中で」


神戸に所用があって
12日で出かけてきた。
ご存知のとおり今年の夏は記録的なというか記録ずくめの猛暑続きだが
神戸も東京に負けず劣らず暑かった。
 

2日目の午後、帰りの飛行機が19時過ぎの便だったので、
前々から神戸で行ってみたいと思っていた場所に行くことにした。

フォークグループ・猫の元メンバーの御守孝明さんが神戸市灘区で経営されている
“ライブカフェ
ommori猫”というお店である。

 
このお店を知ったのは、6年ぐらい前のこと。
これまた神戸でとある用事があり、
阪急電鉄・新在家駅からホテホテと国道
2号線を歩いていたら、
なにやらライブハウスのようなお店を見つけ、近づいてみた。
窓には“猫”の雑誌の切り抜きなどが貼られていた。
「猫って、あの猫
? 『地下鉄にのって』の猫?」と思い、
しげしげと見たところ間違いなかった。

そのときは残念ながら時間がなかったのでお邪魔することはできなかったのだが、
ずっと今度神戸に行ったら必ず行ってみようと思っていた。

それが、この夏ようやく実現したのである。

 

お店に着いたのは2時ちょっと前だった。
お店のなかにはギターやアンプ類のほかに
ウッドベースや小さなドラムセットも置かれていて、
まさにライブカフェといった雰囲気。
壁にはビートルズやストーンズ、エルヴィスなどのポスターやレコードが飾られていて、
ロックンロール音楽を愛する者にはたまらないいい感じのお店だった。

お店には、当たり前のことであるが御守さんがいた。
感激にひたりながら、僕はアイスコーヒーを注文した。
外は猛暑。ほどよくクーラーの効いたお店のなかでアイスコーヒーをいただきつつ、
しばしのほほんとしていたのだが、
あまり長居するのも失礼かと思いアイスコーヒーを飲み干し、レジに向かった。


お金を払う際、御守さんに「一度ここに来てみたかったんですよ」と声をかけた。
ずっと来たいと思っていたお店なのである。
黙って立ち去るのも失礼だろう、ということで声をかけた次第である。

僕が東京から来たことを知ると、御守さんはとても喜んでくれて
「じゃあ、ちょっと演りますか
?」といって機材をセッティングしはじめた。
客はほかに誰もいない

なんとぜいたくなライブなのであろう。
僕は恐縮しながらも、御守さんのご好意に甘えることにした。

 

それから約1時間、御守さんは次から次へと演奏を披露してくれた。
御守さんのブルージーな歌声に酔い、
Fのコードすら押さえられない僕からしたら
神業としか思えないようなフィンガーピッキング奏法に驚愕し、
そして御守さんのあたたかいお人柄に魅了された、まさに至福の
1時間であった。

途中、「地下鉄にのっては、やりませんよ」といいながら、
ワンコーラスだけ演奏してくれた。
僕はあまりの感激に涙があふれてくるのを抑え切れなかった。
1966年生まれの僕は、リアルタイムで『地下鉄にのって』を聴いたおぼえはない。
僕がこの曲を知ったのは、発売されてからずっとずっとあとのことだった。
でも、一度聴いただけでとっても好きになった曲だ。

胸がいっぱいになった僕は『地下鉄にのって』を唄い終えた御守さんに、
照れ隠しに笑いながら「いやあ、涙が出ちゃいますよ」と話しかけた。
御守さんは、にこやかに微笑んでくれた。

 

最後には「なにかジョージ・ハリソンの曲を」という僕のリクエストに応えて、
御守さんは『サムシング』を演奏してくれた。
150曲以上のカバーバージョンがあるといわれる『サムシング』だが、
このとき聴いた『サムシング』は僕のなかでは決して忘れることのできない演奏となった。

 

御守さんは、突然の訪問にもかかわらず本当に親切に接してくださった。

3時過ぎ、あらためてお礼をいってお店を出ようとしたら、
御守さんは「東京でも宣伝してね」とお店のフライヤーを渡してくれた。
さらに「これを持っているとご利益があるよ」と笑いながら、
御守さんの写真が入ったカードをくださった。

頂戴したカードは、サイフのなかに大切にしまって持ち歩いている。

 

御守さんとのひとときはこの夏いちばんの素敵な想い出だ。

御守さんの名前を知らなくても、
きっと多くの人が御守さんがつくった曲は耳にしたことがあるはずだ。
たとえば、セシールの
CMのサウンドロゴ。
20年以上広告業界にいる僕ではあるが、
僕は御守さんが
500本以上のCM曲を手がけられているとは、
恥ずかしながらまったく知らなかった。

また、御守さんの演奏はYouTubeで見ることができる。
聞いたところによると、海外からもアクセスがあるという。
『黄昏の中で』というインストロメンタルは特におすすめだ。
興味がある人はぜひ一度、観てほしい。
 

猫のメインヴォーカルをされていた田口清さんは、1991717日に亡くなった。
お子さんを自転車に乗せて走っているときバランスを崩した際、
お子さんをかばうような無理な姿勢で転倒したため頭を強打し亡くなられたという。
この田口さんの十三回忌の法要を機に、猫は再結成し、
現在もライブハウス等で活動を続けている。

御守さんは、この再結成には参加していないが、
御守さんのライブなら毎週末、御守さんのお店で体験できる。
僕もまた、今度は週末にお邪魔したいと考えている。
きっと、僕らに接してくれたときのあたたかいお人柄そのままで、
素晴らしい演奏を披露してくれることだろう。


2009.08