小田和正「言葉にできない」

おっ、今日は510日、
シド・ヴィシャスの誕生日である。
ということは、
僕の後輩コピーライターのスズキくんの
31歳の誕生日だ。

スズキくんは昨年6月に僕が勤務する会社に入ってきた。
もともと格闘技が好きで、
格闘技専門誌のライターになりたかったのだが、
大学卒業の際、未経験者ということでどこも採用してくれなく、
ライター修行のためゴルフ雑誌の編集部に入ったというオトコだ。

ゴルフ雑誌の編集者をしているうち広告に興味を抱き、
コピーライターになるべく
4年間勤めたゴルフ雑誌の編集部を辞め、
広告業界の門を叩いたという経歴をもっている。

退職当時、彼はもちろん広告業界未経験。
この業界、なかなか中途で未経験者を採用してくれる企業は多くないのだが、
幸運なことにスズキくんはとある制作会社に採用となり、
宣伝会議が主催するコピーライター講座に通いながら、
コピーライターとしてのキャリアをスタートさせた。

その会社に3年ほど勤務した後、退職し、
半年間のプータロー生活を経て、
僕が勤務する会社の面接を受けにきた。

面接したのは僕だった。
僕は面接の際、過去にどのような仕事をしてきたのかは、
あまり参考にしない。
どちらかといえば、人柄を重視する。
スズキくんは、
ぜひ一緒に仕事をしたいなと思わせる好青年だった。

この人事については僕が全権を握っていたので、
僕はその場で採用を申し出た。
しかしスズキくんは、すでに
2社から内定をもらい、
もう
1社面接があるとのことで、
最終的な返事は
1週間後にしてほしいといった。

僕は、もちろん了承した。


スズキくんが面接に来た翌日、僕は
1通のメールを送った。
就職というのは一生を左右する問題なので判断に迷うと思うが、
僕は君が入社してくれることを待っているという内容のものだった。

僕はやるべきことはすべてやったという気持ちで、
スズキくんからの連絡を待った。
そして約束の日にスズキくんから電話があり、
ぜひ入社したい旨を伝えられた。

入社後、スズキくんが語ったところによると、
スズキくんは面接の時点でこの人
(=僕)と仕事をしたいと思ったそうだ。
うれしいことをいってくれる、かわいい後輩である。

僕が退職しようと思ったとき、
いちばん気がかりだったのはスズキくんだった。
彼は僕を本当の師匠のように慕ってくれていた。
その彼を残して退職するのは心残りであったし、
心から申し訳ないと思った。

専務に退職を申し出た際、
専務も「スズキくんはどうするの?」といった。
僕は自分から退職の件をスズキくんに話すのも会社としてどうかと思ったので、
専務の口から伝えてくれるように頼んだ。
その陰には、
僕は辞めるがスズキくんには会社に絶対に残ってほしいという会社側の思いを
スズキくんに伝えてほしいものだという願いもこめられていた。

しかし、専務は数日後、やはり僕から話してほしいといってきた。
どういう意図かはわからない。
僕は専務がそういうのなら自分からさっさと話そうと思い、
その夜スズキくんを誘って飲みに出かけた。

金曜日ということもあり、
御茶ノ水界隈もけっこう混雑していた。
何軒かに断られたあと、
やっと入れるお店を見つけ、僕らは生ビールを注文した。

そして、ビールをひと口飲んだあと、
僕は単刀直入に退職の件を話した。

その直後・・・スズキくんは半ばパニック状態に陥り、
料理に手もつけずビールも残したまま
「すみません。今日はどうしていいのかわからないので、
後日また考えがまとまったら、ゆっくりとお話させてください」ということで
帰っていった。

僕もムリに引き止めようとは思わなかった。

当たり前である。
突然、別れ話を切り出されたようなものだ。
混乱して当然だと思う。

それからスズキくんとは、
職場ではいままでどおり接しているが、
僕の退職の件についてはいまだ話し合いをもっていない。
スズキくんが会社に残るのか、辞めるのかはわからないが、
気になるのはどうしてもスズキくんに残ってほしいという熱意を
会社が抱いていると感じられないところである。

僕やスズキくんに限らず、
僕が勤務する会社の経営陣は、
人材というものはいくらでも補充できる
と考えているフシがあるように思えて仕方がないのだ。

でなければ、4
0人規模の会社なのに
1年間で10数人が入れ替わり立ち替わり退職するということは起きないと思う。

専務は僕より2歳上で、
社長は僕より
5歳下である。
僕はこの
2人を見ていて
たまに広告屋のワリには
人の気持ちをとらえるのが
致命的にヘタだなと思うことがある。

正直いって広告屋には向いていないと思うといっても過言ではない。

事実、社長は別の事業をやりたがっていて、
いま化粧品の商品化に取り組んでいる。
わが社のクライアントにも化粧品メーカーが数社ある。
しかも中には成分的にかぶる商品を取り扱っているクライアントもある。

広告屋がクライアントの競合会社になるというのだ。
僕にはその感覚が信じられない。

いずれにしても僕は7月で辞める。
スズキくんはどうするのだろう?

なんとかまた一緒に仕事ができるような土俵をつくりたいと思うが、
悲しいかなそれはすぐにはムリである。

スズキくん、ごめん。
また、ゆっくり話そう。

そして、誕生日おめでとう♪
プレゼントのひとつとして、
いつか君が大好きだといっていた小田和正の『言葉にできない』を
今日のタイトルソングとしたよ。

オレはこの歌、かったるくて全然いいとは思わないけどね
()

まあ、君が僕の大好きなエンケンの『輪島の瞳』を
ノイズにしか聞こえないといったのと、
どっこいどっこいか?


2007.05