オアシス「ホワットエヴァー」

僕が大のポール・ウェラーフリークだということを知った人は、
たいてい「じゃあオアシスも好きでしょう?」といってくる。

オアシスは
1992年、リアム・ギャラガー、
ノエル・ギャラガー兄弟を中心に結成されたイギリス・マンチェスター出身のバンドで、
ポール・ウェラーの弟分的存在として知られている。

僕がオアシスを知ったのは彼らがデビューした1994年ごろのことであった。
当時、ほとんど新しいアーティストの
CDを聴いていなかった僕に、
友だちが「ポール・ウェラーが好きだったら、
これはきっと気に入ると思うよ」といって貸してくれたのだ。

しかし、結論からいうと僕は別に大したものだとは思わなかった。
以来、僕のなかでは知ってはいるが、
いまひとつ響いてこない微妙なバンドとしてオアシスは位置づけられている。

そんなオアシスが大好きな人間が、僕の身近に1人いる。
いま勤めている会社の営業マンであるペーターだ。

彼が入社してきたのは一昨年の
2月。
もともと映画が好きで、映画を自分で撮りたくて、
広告代理店ならその夢を実現できるのではないかと入社してきた。
入社前は某パスタチェーンでパスタを調理していた。
いってみれば、広告のド素人である。

正直いって僕は、こういうヤツがあまり好きではなかった。
まず広告業界に入れば映画を撮れるのではという考えが甘い。
しかも広告業界を人生のステップとして考えている。
広告が好きで、広告業界に入りたくて入った僕からすれば、
その考えは「オマエ広告業界をナメてねえか
!!」ということになる。

かつてアダルトビデオの世界でひと時代を築いた村西とおる監督も
「いずれ映画を撮ってやるとか、
CMを撮ってやるという人間に、
アダルトビデオを撮影する資格なんかないんです。
オレはこの世界で生きていくという人間の前でなければ、
親にも見せたことのないような自分の性行為を撮影させる必要はないし、
してほしくないと思いますね」というようなことを語っていた。

僕も同感である。

この世界で生きていく。
その覚悟がない人間に、
クライアントのある種、裸の情報ともいえる新商品情報や
さまざまな企業秘密を委ねてもらう資格がないと思うし、
そんな人間が携わってはいけないと思う。

さてペーターに転機が訪れたのは入社半年後の秋である。
社長が飲食店を出すことになり、
広告の営業マンとして伸び悩んでいたペーターは
自ら志願して飲食業界へと舞い戻ったのだ。
しかし、このお店も
1年ともたず閉店した。
そして彼は再び広告の営業マンとして会社に戻ってきた。

僕は彼の復帰も快く思ってなかった。
広告の世界がダメで飲食業界に行って、
飲食業界がダメでまた広告の世界に戻る。
僕は彼に対して
「オマエますます広告業界をナメてねえか
!!」という気分だった。

そんな僕の怒りは、彼に対する態度となって現れた。
ペーターは文字通り、僕に罵倒され続けた。
彼も内心は相当ムカついたと思う。
しかし、彼はしつこいまでに僕にくっつき回った。
僕の電話の内容まで聞き耳を立て、
僕からナニかを盗み出そうとしていた。
そして愚直なまでに毎日、
なんとか自分自身の力で仕事を取ろうとテレアポを続けていた。

そんな姿を見ているうちに、
僕はコイツのために結果を残してあげたいと思うようになった。
テレアポなんてサボろうと思えばいくらでもサボれる。
しかもアポ獲得率なんか、よくてひとケタ台、
ヘタすりゃコンマ何パーセントのキツイ世界である。
それを彼は黙々と毎日毎日、
外出している時間以外は続けていたのである。

こういう人間は認めてあげなければならない。
そして正しい成果が待ち受けてなければならない。
僕はコイツを男にしてやりたいと思った。


ある日、ペーターが僕にプレゼンの話を持ってきた。
テレアポをきっかけにしてつかんだ仕事である。
予算的にもなかなかの規模の仕事であった。
よし!この仕事を絶対にモノにしてやろう。
そして、コイツに花を持たせてやろうと思った。

ペーターにとって、この仕事は
内容的にも規模的にも初体験のもので、
なにをどうしていいのかさっぱりわからず、
プレゼンまでの期間中、例によって僕に罵倒され続けた。
それでも腐ることなく、
一生懸命見積もりをつくっては僕のところに持ってきた。

そしてプレゼン当日、僕はペーターと2人で出かけた。
電車のなかで、いつものようにエヘラエヘラしている僕に対し、
ペーターの顔は心なしか青ざめていた。

居並ぶお歴々を前に、プレゼン中は僕がしゃべり通した。
終わったあとはさすがにヘロヘロだったが、
すべてやるべきことはやったという爽快な気分であったのも事実である。

プレゼンの翌日の夜、ベランダの喫煙所で煙草を吸いながら
後輩相手に得意のバカ話をしていたら、
クライアントの担当者から僕宛てに電話がかかってきた。
今回はぜひ、御社にお願いしたいという、うれしい報せであった。

電話を切った後、僕はペーターとがっちり握手した。
そう、僕はこうしてペーターと握手をする瞬間を夢見てこの仕事を進めてきたのだ。

プレゼンが通ったという報告をした後、
僕は社長からも専務からも特に感謝されもしなければ、
労われもしなかった。

僕はいつものことなので、まあ仕方ないなと思ったのだが、
せめてペーターについては褒めてあげてほしかった。
褒めてあげれば自信にもなるし、またやる気も出る。
しかし社長も専務も、そしてペーターの上司たちも、
そうは思わないようであった。

僕はこのとき、最終的に会社に対して見切りをつけた。

僕が会社を辞めるという話を、ペーターにも事前に話した。
彼は「これから誰に広告について教わればいいんですか?」と困惑していたが、
僕は「そんなことは自分で考えろ」と突っぱねた。

いままでのペーターはオアシスの代表曲『ホワット・エヴァー』の歌詞のように
Whatever you say”でよかったのだが、
これからは自分で考え、自分で成長していかなければならないのだ。

黙り込んだ営業マンに対して
「いつまでもオレに頼るな。
でも辞めるまではいろいろと教えてあげるよ」と僕はいった。
そして「いつかオマエがいっぱしのアドマンになったら、
西の空を見上げて、オレに感謝しろ」と笑った。

最近では営業マンとして
コンスタントに売り上げをキープできるようになったペーターではあるが、
相変わらず、毎日のようにテレアポを続けている。

あと何年後になるかわからないが、
すっかり一人前になった彼と再会できることを楽しみにしている。
その立派に成長した姿を見たら、
僕はうれし泣きしてしまうかもしれない。


がんばれ、ペーター。

2007.05