水谷豊「表参道軟派ストリート」


最近、水谷豊がキテいる。
古くから水谷豊を知っている世代の僕としては、
メディアに出まくっているという水谷豊のニュースに触れ、
ビックリしたものである。
僕が少年のころから俳優として確固たるポジションを築いていた水谷豊ではあるが、
当時はバラエティ番組はおろか、
トーク番組に出演することも珍しかった。

僕がはじめてドラマや映画以外で水谷豊を観たのは中学1年生のときである。
ザ・ベストテンのスポットライトのコーナーに出演したのだ。
このとき水谷豊は『表参道軟派ストリート』という歌を披露した。
表参道を舞台にナンパに精を出すオトコを唄った、
阿木
燿子さん作詞・宇崎竜童さん作曲の歌である。

当時、僕は表参道へなど行ったことがなかった。
が、この曲を聴いてから表参道はタカハシ少年の憧れの地となった。
そこに行くだけできっと楽しいことが待っていそうな気分になったのである。

この『表参道軟派ストリート』をテレビで知り、
シングル盤を買ってから
30年後の先週の金曜日、久しぶりに表参道を通った。
佐野史郎と山本恭司という島根県は松江で育った
2人による
“夢の漂白者〜小泉八雲、旅路の果てに”という朗読ライブが、
原宿の「
EXREALM 地下イベントスペース」で行われたので、
それに出かけてきたのである。

去る212日の日記に、
吉祥寺で山本恭司とエンケンこと遠藤賢司のジョイントライブが行われた際、
MC2人が佐野史郎の高校時代の女性関係の話をはじめたところ、
客席にいた佐野史郎が「ヤメロー
!!」と
大きな声でヤジを飛ばしたということを書いたが、
そのとき山本恭司と佐野史郎が
小泉八雲の朗読会を行ったことをエンケンが紹介した。
そして佐野史郎に“耳なし芳一”の一節、
平家の武士の亡霊が芳一を迎えにきたときにいう
「ほぉう〜いちぃ〜」という台詞をいまここでやってほしいと願い出た。
佐野史郎はエンケンの突然のリクエストを快諾し、
会場いっぱいに響きわたる声で「ほぉう〜いちぃ〜」と叫んだ。

わずかひと言の台詞であったが佐野史郎の「ほぉう〜いちぃ〜」は、
まさに怪優・佐野史郎ここにあり
!!という素晴らしいものだった。
この佐野史郎の名演を間近で見聞きした僕は、
もし機会があったらぜひこの朗読会に行ってみたいと思った。

そしたら先々週の朝日新聞に、
この朗読会を
6日・7日に原宿で行うという記事が掲載されたのである。
知ってしまった以上は、なんとしても行かねばなるまいと思い、
さっそく主催のヤマハに電話をし、チケットを確保した。

そして、先週の金曜日。
ホテホテと表参道を歩いて、
会場である「
EXREALM 地下イベントスペース」へと出かけたのである。

会場は想像していた以上に小さく、キャパは100人ぐらいであった。
東京ではじめて上演されるこの朗読会。
2日間合わせても200人ぐらいの人しか生で体験できない貴重なイベントなのである。
僕はその初日に来ることができた自分の幸運を祝福しながら、
静かに開演のときを待った。

開演予定時間の7時を少し過ぎたころ、
音もなく佐野史郎と山本恭司が舞台に現れた。
佐野史郎は黒いスーツ姿にノーネクタイ。
メガネは丸いフレームのものをかけていた。
一方、山本恭司はエンケンとのライブのときと同じように、
長髪の頭に帽子をかぶり、
ピッタリとしたシャツにベルボトムのパンツといういでたちであった。

舞台は小泉八雲のさまざまな作品を佐野史郎が朗読し、
それに合わせて山本恭司がギターで効果音をつけていくという形で進行した。
佐野史郎の朗読も見事だったが、
山本恭司のギターパフォーマンスも素晴らしかった。
山本恭司はギターを駆使し、琵琶法師のような音はもとより、
「ヒュ〜ドロドロドロ〜♪」という怪談にはつきものの効果音や子どもの泣き声、猫の鳴き声、
さらには見たこともないような機器をギターの弦にすべらせ、
尺八の音までをもライブで表現して魅せた。

音響やサウンドエフェクトのテクノロジーが発達している今日において、
こうした効果音はなにもライブで演奏しなくても、
あらかじめ録音しておき、それを舞台の進行に合わせて
音響担当のスタッフがタイミングよく流せば済む話である。
のに、山本恭司はほとんどの音を生演奏により出し、
さらにはそのミキシングまでをも自ら行ったのである。
その「音」に対するこだわりは、まさにプロの姿そのものであった。

さらに何より感心したのは、
山本恭司が奏でる音に一切の無駄がなかったということである。

すべての音が佐野史郎の朗読を引き立たせ、
観る者・聴く者を小泉八雲の世界へと誘うものであった。

以前、早川義夫さんのライブで、
サウンドプロデューサーとしても有名な佐久間正英氏が
同じようにギターでさまざまな音をかぶせるというパフォーマンスを披露したことがあったが、
生ピアノで唄う早川さんの歌に対し、
佐久間氏の奏でる音がすごく邪魔に感じたことを憶えている。
音に対してはど素人の僕がこんなことをいっては失礼だが、
なんか佐久間氏の奏でる音が歌を壊しているように思えたのだ。

そんな経験があるから余計に山本恭司のパフォーマンスに感心したのかもしれないが、
そんな僕のささやかな個人的体験はさておき、
この日ステージ上で行われた佐野史郎と山本恭司によるパフォーマンスは、
文学と音楽との新たなる融合というか、
新しいアートパフォーマンスを観るようであった。

聞けば1010日に、また松江でこの朗読会は開催されるという。
できれば松江以外でも今回のように公演してほしいものだ。
とにかく素晴らしかったのだ。
僕は機会があったら、必ずまた行きたい。

「そんなに良かったのなら、ぜひ私も観たい」という方に
ここでひとつ朗報を。

来る724()21:15より、
僕が観たこの日の模様が
CSの「大人の音楽専門TV◆ミュージック・エア」で
OAされるのである。
興味がある方は、ぜひ観てほしい。

公演終了後、佐野史郎と山本恭司が再び舞台に出てきて、
30分ぐらいトークショーを行った。
2人のやりとりはまるで高校生の放課後の部室での会話のような
ほのぼのとしたものだったが、
佐野史郎はこのなかで
「朗読というよりどうしても演じてしまう部分があって」
というような反省まじりのことを語っていた。
しかし、僕はただ淡々と朗読するより多少芝居がかっていたほうが断然いいと思ったし、
これからもぜひそうしてほしいと思った。
やはり「ほぉう〜いちぃ〜」は、ただ読まれただけではつまらない。
佐野史郎の演技力があってこそ、迫力を増すものだと思う。

会場を出たのは9時近くだった。
Funky Friday・週末の表参道は、
これから楽しいことが待っているような人たちがたくさん行き来していた。
僕は「西は大阪 難波ストリート ここは原宿 表参道 軟派ストリート」という
『表参道軟派ストリート』の歌詞とメロディを頭のなかで思い浮かべ、
歩道橋下の喫煙所でタバコを吸いながら、
週末の表参道をほへへぇとしながら眺めていた。

そのとき、若い男性がおずおずと僕に近づき声をかけてきた。

その男性は『表参道軟派ストリート』で水谷豊が語っていたように、
42歳の僕に向かって「ねぇ、お茶飲みに行かない?」といった。

・・・・・というのは、もちろんウソである。

その男性は、僕に礼儀正しく
「すみません、ライターをかしてもらえませんか」といってきたのだ。
僕は「いいよ」といって、愛用のライターで火をつけてあげた。
その男性は「ありがとうございます」とまたまた礼儀正しく僕に頭を下げた。

20歳そこそこであろうその若い男性を見ながら、
きっとこの子も今夜これからいっぱい楽しいことが待っているのだろうなと思った。
まるで甥っ子を見るような気持ちでその子を見ていたら、
今夜楽しいことがいっぱい待っているのにライターがないのはかわいそうだと突然思った。

この若い男性だって、ライターなんて買おうと思えばいくらでも買えるのだろうが、
なんかそんなことにお金を使わせるのがもったいないような
おせっかい心がわき上がってきたのである。

僕はカバンのなかに、いつも予備のライターを入れていることを思い出した。
カバンをあさったら、しっかりライターは入っていた。

タバコを消し、原宿駅に向かうとき、
僕はその若い男性に「これ、あげるよ」といってその予備ライターを差し出した。

読者よ! 友よ!! 勘違いしてもらっては困るが、
別に僕はこの若い男性をライターで釣ってナンパしようとしたのではない
()
僕は粋な大人のオトコを気取りたかっただけなのだ。

「ありがとうございます」といって、
その若い男性は僕に笑顔を見せながら頭を下げた。
どんなささやかなことであれ、
誰かに笑顔で礼をいわれるのは気持ちがいいものである。

僕は「じゃあ」といって左手を上げ、
ちょっとだけいい気分に浸りながら
原宿駅へと続く歩道橋を足どりも軽やかにかけ上った。

2008.06