三善英史「雨」


昨日、渋谷に出かけたのだが、
途中ちょっと時間が空いたので、円山町へと向かった。
ラブホテルが林立し、花街としても知られる円山町。
そんなところにタカハシカツトシ
41歳は、
いったいナニしに出かけたかというと、
とある古い木造アパートを見るためである。

いまから10年前の319日、
木造
2階建てアパート1階の部屋で、
ある一人の女性の死体が発見された。
他殺体だった。
遺体の身元はすぐに判明した。
殺された女性は一流企業に働くエリート社員であったことから、
マスコミはすぐにこのニュースをとり上げた。
そして他殺された女性が、
円山町界隈で売春行為を繰り返していたと報道されるまでに、
大した時間はかからなかった。

ここからは報道は一気にエスカレートし、
被害者であるはずの女性のプライバシーはズタズタにされた。

犯人として逮捕されたのは、ネパール人であった。
しかし、
20004月に行われた裁判で無罪を勝ち取る。
検察側が主張した“状況証拠”に対し、
「これらの各事実を総合したとしても、
一点の疑念も抱かせることなく被告人の有罪性を明らかにするものではなく、
各事実のいずれをとり上げても反対解釈の余地が依然残っており、
被告人の有罪性認定するには不十分なものであるといわざるを得ない」というのが
判決理由である。

僕は、この事件を当初から注目していた。
加熱するマスコミ報道、そして状況証拠の積み重ね。
これはまさにロス疑惑と同じではないか、
というのが注目するようになった理由である。

以来、報道された内容に基づいて僕なりにこの事件を検証していたのだが、
これで有罪は無理だろうとという結論に達していた。
なので、この一審判決は至極真っ当な判決であると思った。

しかし、その一審判決からわずか8か月後に行われた控訴審では一転し、
被告人に無期懲役が言い渡された。
判決まで
3年の歳月をかけて審理された一審に比べ、
控訴審では審理期間が実質
4か月であったという。
わずか
4か月で何がどうひっくり返ったのかと思い、
僕は判決文を読んだのだが、どう考えても納得のいくものではなかった。
いってみれば「はじめに有罪ありき」の裁判としか思えなかったのである。

そして200310月、
最高裁は被告人を無期懲役とする高裁判決を支持。
被告人の無期懲役が確定した。

この犯人とされたネパール人はいま、横浜刑務所に服役しているという。

はっきりいって、僕はこの事件に対してえん罪であるとの印象を拭えない。
どうしても誰かを犯人に仕立て上げなければならない事情があって、
たまたま疑わしい状況下にあったネパール人を、
これ幸いとばかりに逮捕し、刑務所に送り込んだとしか思えないのだ。

ウソかホントかは知らないが、
この殺害された女性と親しかった男性のなかには、
元総理大臣の息子もいたという。

僕は子どもの頃、三権分立ということを教わった。
司法・立法・行政について、権力をそれぞれ別個の機関に分散させ、
各機関に他の機関の越権を抑える権限を与え、
相互に監視し合うことによって抑制均衡をはかり、
権力の集中・濫用を防止し、
国民の政治的自由を保障させるというものだが、
そんなことはもはや嘘っぱちであることを少なくとも僕は知っている。

何か大きな問題を隠蔽するのに人間1人を刑務所に送り込む、
しかも無期懲役でなんてことはヘーキでやる国なのだ、いまの日本は。
防衛庁を舞台とした汚職問題や、
厚生労働省のデタラメぶりが連日ニュースでとり上げられているが、
そんなことはもはやこの国では、起きて当たり前なのである。
僕は、心からそう思う。

「ワイルドサイドを歩け」を座右の銘とする、
自称ボヘミアンの僕は、少年時代から権力という言葉が大嫌いだった。
そしていま、ますますその思いを強くしている。

かつてジョン・レノンは『ゴッド』という歌のなかで
魔法も、キリストも、ブッダも、ビートルズも信じないと唄った。
何を信じるか、それは
1人ひとりが自分で決めなければならない。
ジョンが『ゴッド』を唄った時代よりも、
その重要性は増していると思う。

すべて自分で考え、自分で判断し、
自分で発言・行動しないと、
ますますこの世界はとんでもない方向へと向かうような気がする。

事件の現場となった木造アパートは、
当時のままの姿でそこにあった。
かつて駐車場であった遺体発見現場のアパートの隣には、
高級住宅地として知られる渋谷区松濤の一画にふさわしい
瀟洒な建物が建てられていた。
いまにも朽ち果てそうな木造
2階建てのアパートと、
その瀟洒な建物の対比は、なんとも異様に映った。
とても隣接する建物同士には見えなかったのである。

昨日、僕はしばしその場に立ち尽くしていた。

今日は、朝から雨である。
僕が子どもの頃、
『雨』という曲でレコード大賞新人賞を受賞した三善英史は、
円山町の出身である。

祖国を離れ、逮捕直前まで円山町で暮らし、
そしていま、無期懲役の刑に服しているネパール人の目に
今日の雨はどう映っているのだろうか。

ネパール人の弁護団は20053月、再審請求を提出した。
この国の正義が問われている。


2007.10