南佳孝「憧れのラジオガール」


バグルスの『ラジオスターの悲劇』がリリースされた1979年、
郷ひろみが『セクシー・ユー』というタイトルで発表したシングルの原曲は、
南佳孝の『モンロー・ウォーク』である。
この曲により、南佳孝の名を知ったという人は多いのではないだろうか?

かくいう僕もその1人である。

その南佳孝が翌1980年に発表した名曲が
『憧れのラジオ・ガール』である。

深夜放送のディスクジョッキーに、
胸をときめかせている男の子の心情を唄った歌だ。

 灯りを消したベッドで耳を澄ます

 深夜のDisc Jockie それが君さ

 Radio Girl やさしい声で

 Radio Girl ささやいて

 仮眠(まどろみ)のブイ揺らせながら

 夜毎ぼくを訪ね来る

    (作詞・松本隆)

僕にとっての「憧れのラジオ・ガール」といえば、
1980年代に文化放送で深夜に放送していた
“ミス
DJリクエストパレード”の
初代月曜日担当だった加藤エミ嬢である。

“ミス
DJリクエストパレード”は
現役女子大生がリクエストに応じて
レコードをガンガンかけるというコンセプトの番組で、
僕が高校生の頃、それはそれは一世を風靡したものだ。

加藤エミ嬢は、
ブラッディマリーというバンドのヴォーカリストとしての活動と並行して
立教大学の学生であったのだ。

子どもの頃からお姉さんが欲しかった僕は、
加藤エミ嬢を理想のお姉さん像に勝手に仕立て上げ、
毎週月曜日ラジオから流れるその声に、
文字通り胸をときめかせたものだ。

僕の加藤エミ嬢好きを知った同級生の1人が、
当時人気雑誌であった“写楽”に
加藤エミ嬢が載っているということを教えてくれた。
そして、その雑誌を僕に貸してくれた。

僕は部活を終え、そそくさと帰宅し、
急いで晩ご飯を食べ、ワクワクしながら
加藤エミ嬢が載っているという“写楽”のページをめくった。

ら、載っていたのは
黒人男性と濃密に絡み合っている
加藤エミ嬢のヌード写真だった。

憧れの女性の写真、しかもヌードである。
思春期の少年にとっては、この上ない大好物である。

しかし、僕はあまりのショックに呆然としてしまった。
後にも先にも、女性のヌードを見てショックを受けたのは、
このとき以外にない。

ショックのあまり僕は次の日、学校を休んだ。

僕の「憧れのラジオ・ガール」加藤エミ嬢は、
いまどうしているのだろうと思い、ネットで調べてみた。
そしたら、あったのである。
最新情報が!

なんでも加藤エミ嬢は、加藤エミイと名乗り、
フラダンスやハワイアン音楽をベースに
現在も活動しているというではないか
!! 
公式ホームページには、
加藤エミ嬢あらため加藤エミイさんの画像も載っていた。

その顔は、まさしく僕が
10代の頃、ずっと憧れていた
加藤エミ嬢そのものであった。


2007.04