加山雄三「君といつまでも


先週の水曜日、上野で打ち合わせをした帰りのこと。
天気もよく慌てて帰る必要もなかったので、
またまたホテホテと歩いて帰ることにした。
湯島を抜け、本郷三丁目の交差点の手前に差しかかったとき、
小さな本屋さんがあるのに気づいた。

そこで僕は、探していたものをようやく見つけた。
デアゴスティーニから出ている「昭和タイムズ」という週刊誌である。

この本はマイミクのここねさんの日記で知ったのだが、
ここねさんの日記を読んでいるうちに僕も欲しくなって
自分が生まれた昭和
41年版を買おうと思ったのである。

僕は決めたら、行動は素早い。
さっそく探しに行ったのだが
45軒ほど回っても見つからなかった。
他の年代のものはあっても、昭和
41年のものはどこにもなかったのだ。
昭和
41年はいわゆる丙午の年なので、生まれた人口も少ない。
ということは、僕のように生まれた年のものを買おうと思っている人は
他の年に比べ少ないのではと思われるのだが、
とにかく見つからなかったのだ。
あまりに不自然なまでに見つからないので、
ひょっとして出版社サイドもこの年のものだけは発行部数を減らしたのかしらん、
なんてついついあらぬことを考えていた矢先のことであった。
念願かない、めでたく見つけることができたのである。

探していたものが見つかり、
僕はホクホク顔で本郷三丁目から樋口一葉ゆかりの地である菊坂を下り、
白山通りから一気に伝通院へと続く坂をかけ登るようにし、自宅へと戻った。
そして、欲しかったおもちゃを買い与えられた子どものように、
帰宅するやいなやページをめくり始めた。

最後のページに「ヒットシングル10」というデータが掲載されていたのだが、
昭和
41年のナンバーワンヒット曲は加山雄三の『君といつまでも』であった。
加山雄三の代表曲であるこの曲はもちろん子どもの頃から知ってはいたが、
それが昭和
41年最大のヒット曲だということはまったく知らなかった。
ここねさんのお陰で、また
1つ賢くなった。
やはり、持つべきは友である。

さて、今日は「昭和の日」である。

429日といえば僕は22歳まで「天皇誕生日」ということで、
ありがたく休日を頂戴していたのだが、
世が平成になってからは「みどり日」ということで引き続き休日となっていた。
それが去年から突然「みどりの日」は「昭和の日」となり、
昭和
63年から制定されていた54日の「国民の休日」が「みどりの日」となった。

休日が増えることは申し分ないのだが、
この
54日が休日となった背景については、
ちょっぴりキナ臭い話を聞いたことがある。
戦後の日本を陰で牛耳ってきたある右翼の大物の誕生日だから、という話であった。
真偽のほどは、わからない。
ただし
54日は、確かにその人物の誕生日であった。

429日が最後の天皇誕生日で、54日が最初の国民の休日となった1988年、
とあるロックバンドが初の全米ナンバーワンを獲得した。
そのナンバーワン獲得に対し、マスコミもそして多くのロックファンも
「奇跡の復活」と拍手喝采を贈った。

そのバンドとは、チープ・トリックである。

賢明な読者諸君ならもうおわかりであろう。
これまで、やれ昭和
41年だ、加山雄三だ、天皇誕生日だ、みどりの日だ、
国民の休日だ、昭和の日だと書きなぐってきたのだが、
それはあくまで前フリに過ぎない。
僕が書きたいのはチープ・トリックの、そう、あのチープ・トリックの、
先日
24日に行われた武道館公演についてなのである。

「チープ・トリックat武道館アゲイン」と題されたこのコンサートに対する想いは、
いままでさんざん書いてきたのでくり返さないが、
とにかく待ちに待ったコンサートであった。
もう、その日は朝から仕事どころではなかった。
前日のそらジローの天気予報では雨ということだったので、
僕は何度も外を見ては、雨が降らなければいいなと思っていた。

開場が6時からだったのだが、僕は待ちきれずに5時過ぎには家を出た。
幸いにして、曇ってはいたものの雨は降っていなかった。
自宅から武道館へは、南北線→東西線を乗り継いでわずか
2駅である。
開場時間の
6時を回ってから出かけても十分間に合う。
のに、早々と
5時過ぎには出かけてしまったのだ。
このあたりが、
42歳になっても多くの人から
「あんたは、子どもか
!!」といわれる所以である。

自宅を出たあと、なんだか地下鉄で一足飛びに
武道館の最寄り駅である九段下に着いてしまうのがもったいないような気がして、
僕は歩いて行くことに決めた。
武道館へは歩いたところで
30分ぐらいなのである。

後楽園駅から野球ファンでごった返す東京ドーム前を通り水道橋へと抜け、
靖国通りを右折して武道館へと向かった。
まさに弾むような足どりで向かった。

武道館へはあっという間に着いた。
開場時間の
15分前ぐらいだった。
武道館前にはすでに多くのファンたちが集まっていた。
みんな幸せそうな表情をしていた。
僕は正面玄関前に掲げられた看板の写真を撮ったあと、
そそくさと開場を待つ人々の列に並んだ。
正面玄関脇ではオフィシャル・グッズが販売されていたのだが、
それには目もくれず列に並んだ。
一刻も早く、ひと足でも早く、
武道館のなかに入って開演の瞬間を待ちたかったのだ。

ステージは白い大きな幕で覆われていた。
これからこの幕が下ろされたあとに起きる歓喜の瞬間に思いを馳せながら、
自分の席を探した。
僕の席は
1階スタンド南側の最後列であった。
ステージの真正面である。
最後列とはいったものの距離もさほど遠いとは思わなかった。
よし、これで
OKだ。
あとは待ちに待って、待ちこがれた開演を待つばかりであった。

コンサートの内容についてはすでに多くの人が書いていると思うが、
コンサート開始に先立ちステージを覆っていた幕にビデオ映像が映し出された。
それだけで早くもあちらこちらから歓声が上がった。
その熱狂的な雰囲気はまるで、
少年時代によく公民館などで開催されていたフィルムコンサートのようであった。
30年前の武道館公演の模様も含むビデオ上映が終わり、
幕にはチープ・トリックのロゴだけが映し出された。
次の瞬間「
All right Tokyo! Are you ready?」という、
これまで何千回とレコードや
CDで聴いたであろうアナウンスが武道館に響きわたった。
まさに
30年前の伝説の「at武道館」の再現である。
僕はそのアナウンスを聞いただけで、不覚にもウルウルしてしまった。

そして、これまた何千回と聴き続けてきた、
おなじみのイントロが聴こえてきた。
チープ・トリックお約束のオープニングナンバーである『ハロー・ゼア』である。
続いて演奏されたのはこれまた
30年前と同じ『カモン・カモン』。
42歳にしてはじめて武道館で生で聴く『カモン・カモン』に手拍子を打ち、
口ずさみながら僕はこの奇跡の夜に心から酔いしれた。

続いて演奏されたのは
『ビッグ・アイズ』そして『カリフォルニア・マン』という曲であった。
どちらも
30年前にも演奏された曲である。
この武道館公演については
30年前と同じセットリストで行われるというハナシを聞いていたのだが、
30年前の武道館公演では『ビッグ・アイズ』は5曲目、
そして『カリフォルニア・マン』はコンサートの終盤に演奏された曲である。
30年前と違った曲順に気づいた僕は、
なるほど演奏する曲は同じでも順番は変えようというのだな、
さすがはチープ・トリック
! 心憎い演出だぜ!!と思いながら手拍子を打ち、
ステージを見つめ続けていた。

ら、次に聴こえてきた曲は1982年の大ヒット
『イフ・ユー・ウォント・マイ・ラヴ』であった。
正直いって僕はこのコンサートについて、
30年前と同じセットリストで演るのは、それはそれでいいのだが、
その当時以降の曲が聴けないのをちょっぴり残念に思っていた。
この『イフ・ユー・ウォント・マイ・ラヴ』は、その筆頭であった。
それが聴けたのである。
僕はますますこの奇跡の夜に酔いしれた。

その後、新旧の曲を織り交ぜながらコンサートは進み、
13曲目にはチープ・トリック復活のキッカケとなった
1988年の全米ナンバーワンヒット『ザ・フレイム』が演奏された。
チープ・トリック曲はほとんどがメンバーによるオリジナルなのだが、
この曲は違う。
外部のソングライターチームによって書かれた曲なのだ。
前述のとおりこの曲の大ヒットによりチープ・トリックは長らくの低迷から脱し、
ミュージックシーンのメインストリームへと戻ることができたのだが、
メンバーたちは自分たちのオリジナルではないこの曲に対して
複雑な感情を抱いていたようだ。
それも関係あってかどうかはわからないが、
5年前の来日公演ではこの曲は演奏されなかった。

しかし、僕はこの曲が大好きである。
この『ザ・フレイム』には『永遠の愛の炎』という邦題がつけられているのだが、
素晴らしいラブバラードだと思う。
この曲を聴くたびに
1988年から1989年、
まさに昭和の最後から平成への日々を想い出す。

当時、僕は恋をしていた。
相手はそれまでの人生のなかでいちばん好きになった女性で、
僕はその女性がいなかったら生きてはいけないとすら思った。
その想いを僕はよくこの曲に重ね合わせ、何度もくり返して聴いたものだ。

話を424日の武道館に戻す。
アンコール前のラストは『サレンダー』であった。
そしてコンサートは『サヨナラ・グッバイ』『今夜は帰さない』と続き、
ラストは『グッドナイト』。
チープ・トリックのコンサートのラストに必ず演奏される曲で、
夢ような奇跡の夜は終わった。

この日演奏された全18曲中、30年前にも演奏された曲は11曲であった。

今回のコンサートは30年前を懐かしんで武道館へと足を運ばれた人も多いと思うが、
この日の演奏は過去の栄光を再現しているというようなものではなく、
まさに
2008年現在のベストなチープ・トリックであった。

チープ・トリックは決して過去のものではない。
いまも生き続けるライブバンドなのだ。

ウソだと思うなら、
ぜひ次の機会にチープ・トリックのコンサートを体験してほしい。
きっと、その魅力のトリコになるはずである。


2008.04