井上陽水「人生が二度あれば」


4月も半ばだというのに、すっきりしない天気が多い。
先週の土曜日は
Tシャツ姿で歩けたのに、
昨日・一昨日は季節が逆戻りしたような寒さだった。
おまけに雨が降っていて、気分までどんよりしてしまった。

僕は雨が嫌いである。
僕が大好きな女優の高橋洋子さんは小説“雨が好き”で
7回中央公論新人賞を受賞したが、
それでも僕は雨が嫌いである。
雨のなにが嫌いかといえば、
傘を持たなくてはならないからである。

あれは僕が21歳ぐらいの頃だったと思うが、
びしょ濡れになって出社したことがある。
傘がなかったのだ。
当時、僕が住んでいたところは、
いちばん近くのコンビニに行くのにも
10分ぐらいかかった。

1987年当時はまだ、いまのようにコンビニが
狭いエリアに数店舗も林立しているような時代ではなかったのだ。

その日は雨音で目が覚めた。
カーテンを開けたら、土砂降りだった。
僕は困ったことになったと思った。
まさか傘がないからといって会社を休むわけにはいかない。

僕は身支度をしたあと、意を決して外に飛び出した。
そして全速力で走った。
こう見えても
(ってもこれを読んでくださっている皆さんには見えないけど)
僕は足が速い。
「トシの鬼足」と呼ばれたオトコなのだ。

しかし、自慢の鬼足も、
その日の土砂降りの前には歯が立たなかった。
駆け出してから
30秒もしないうちに、
僕の洋服はしぼれるぐらいに雨に濡れてしまったのだ。

ボタボタと雨のしずくを垂らしながらコンビニに入り、
500円ぐらいでビニール傘を買った。
コンビニの店員は、気の毒そうな目で僕を見ていた。

『傘がない』といえば、井上陽水の代表曲のひとつである。
新聞に載っていた若者の自殺増加というニュース。
それよりも自分にとって問題なのは、
今日彼女のところに行かなくちゃならないというのに、外は雨。
おまけに傘がないという歌である。

 行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ

 君の町に行かなくちゃ 雨にぬれ

 冷たい雨が今日は心に浸みる

 君の事以外は考えられなくなる

 それはいい事だろ?

  (作詞・井上陽水)

井上陽水といえば、中2のある日『夢の中へ』を猛烈に聴きたくなって、
LPを買いに走ったことを憶えている。
当時はレンタルレコードなんてものは、なかったのだ。

このアルバム、タイトルは忘れてしまったが
ベストアルバム的なもので『夢の中へ』はもちろん『
傘がない』や『闇夜の国から』『心もよう』などに加え、
井上陽水名義でのデビュー曲『人生が二度あれば』も収録されていた。

人生が二度あれば・・・僕はいったいナニをしたいだろう?
そんなことは、この曲をはじめて聴いた中2のときには考えもしなかった。
あの頃は、ただただ死ぬことを恐れていた少年だった。
いつかは死ななきゃいけないと思うと、暗澹たる気持ちになったものだ。

35歳になったとき、僕は人生の折り返し地点だと思った。
これからは少しずつ老い、衰えていくのだと覚悟を決めた。
あれから
6年、たしかに肉体的に疲れやすくはなったが、
それほど外見的には変わっていない。
と、自分では思う。

気持ち的にもあまり変わっていない。
精神構造は
6年前どころか、
30年前から変わっていないような気がする。
いいのか悪いのかわからないけど。

人生が二度あれば・・・たしかにそれもいいなと思わなくもないが、
一度きりだから大切に思えることもある。
死ぬまでは生き続けるのだ。
生きていりゃ雨にも降られるだろう。
これからどんなことが待っているかはわからないが、
どうせ一度きりの人生。
せめて死んだように、
腐ったように、
そんな風に生きる日々だけは過ごしたくないなと思う。


2007.04