井上鑑「GRAVITATIONS」


アレンジャーやプロデューサーとしても知られる
キーーボードプレーヤーの井上鑑氏の叔母が、
クリエイティブディレクターの小池一子さんだと昨日知った。

小池さんは1960年代から
日本のクリエイティブシーンを牽引されてこられた
偉大なる先達の一人である。
小池さんのお名前を知らないという方でも、
「無印良品」発足当時から
企画・監修に携わっておられるという話を聞けば、
多少は親近感をもっていただけるだろうか
?
とにかく小池一子さんという方は、すごい方なのである。

そのすごい方の甥である、井上鑑氏もすごい。
「井上鑑って誰
?」という読者よ! 友よ!!
あの寺尾聡の『ルビーの指環』の編曲により、
レコード大賞編曲賞を受賞していると聞けば
少しは井上氏の才能の素晴らしさに気づいていただけるであろうか
?
っても、僕が井上鑑さんに注目するようになったのは、
別に『ルビーの指環』がきっかけではない。
正直いって僕は、いまだにあの時代、
なんで寺尾聡がああも売れたのかさっぱりわからない。

たしかにドラマ“西部警察”で人気を集めていたのは知っている。
中学
3年生のとき僕の同級生の女の子も夢中になり、
僕は半ば無理矢理、寺尾聡のレコードを貸し付けられた。
借りてしまった以上はちゃんと感想をいわなければならないと思い、
しっかりと聴き込んだのだが、
どこがいいのかチンプンカンプンであった。

寺尾聡のことはいいとして、
僕が井上鑑氏に注目したのは、氏のデビュー曲
GRAVITATIONS』をラジオで聴いたのがきっかけだ。
いわゆるニューウェーブ系
(もはや死語?)のサウンドだったのだが、
とてもアーバンな
(これも死語?)雰囲気の曲で、とてもカッコよかった。
この曲はたしか、ヨコハマタイヤの
CMにも採用されていたはずだ。

以来、井上鑑氏というのは、
ずっとリスペクトするミュージシャンの一人であったのだが、
ステージを観る機会はずっとなかった。

僕がはじめて井上鑑氏のライヴパフォーマンスを観たのは200311月、
鎌倉芸術館小ホールで行われた佐野
(元春)くんの
ポエトリー・リーディングのステージであった。
このライヴには、かつてジュリーのバックバンド
CO-CoLO」に在籍していたヴァイオリニストの金子飛鳥さんも参加していた。

このライブは井上氏や金子さんが奏でるジャズっぽいサウンドにのせて、
佐野くんが自作の詩を朗読するという、
ロックンローラー・佐野元春ではなく、
詩人・佐野元春をフィーチャーしたものであった。

佐野元春というアーティストは、
もちろん日本を代表するロックンローラーであることは間違いないのだが、
その一方でアレン・ギンズバーグやジャック・ケルアック、
ゲイリー・スナイダーといったビートニクスの
日本におけるすぐれた後継者だと思う。

ギンズバーグの“吠える”を日本に紹介した
日本のビートニクスの第一人者、故・諏訪優さんとも佐野くんは親交があり、
諏訪氏が所有するビートニクに関する資料をすべて提供するとまでいわれたという。
諏訪氏が佐野くんに対して、どのような印象を抱かれていたか。
このエピソードだけで、十分理解できる。

今年、佐野くんは“コヨーテ”というアルバムを発表した。
このアルバムには、
佐野くんの音楽にインスパイアされて育った若手のミュージシャンにまじって
井上鑑氏も参加している。

このアルバムが、実に素晴らしい。
まさに現代のビートニクともいうべき言葉たちが、
これでもかこれでもかとばかり散りばめられている。
1989年に発表された“ナポレオンフィッシュと泳ぐ日”と並ぶ一大傑作である。


このアルバムのなかで僕が一番好きな曲が『荒れ地の何処かで』である。
歌詞はこうだ。

 夕焼けに浮かぶこの街に 雨上がりの風が吹いてる

 真実が醜い幻ならば 僕らは何を信じればいいんだろう

 この荒れ地のどこかで 君の声が聞こえている

 しょぼくれたブルースは 闇に預けて

 この荒れ地の何処かで 君をいつも探している

 この苛立ちは何だろう? 途方に暮れている

  (作詞・佐野元春)

ひどい現実に対する異議申し立ては、ビートニクのスピリットである。
ビートニクが登場した
1950年代から半世紀以上経過した2007年、
さまざまな問題がうずまく日本でこうした曲が唄われていることに僕は救いを覚える。

BEAT GOES ON! ビートはいまも続いているのだ。

佐野くんがソングライターとして素晴らしいなと思えるポイントとして僕は
「うまくメタファーを使い、絶対に直接的な汚い言葉は使わない」ということと
「どこかに希望の光を残している」ということを挙げる。

この『荒れ地の何処かで』もそう。
「この苛立ちはなんだろう
? 途方に暮れている」と唄ったあと、
「ハレルヤ ハヤルヤ」と続けている。

「ロックンロール音楽のスピリットは、絶対にあきらめないことなんだ」

以前、佐野くんはそう語っていた。
その姿勢は、いまも昔も変わらない。

佐野元春と井上鑑。
1980年代のはじまりとともに登場した優れたアーティストが、
21世紀の今日もこんな素晴らしい作品をつくり続けていることに対し、
同じ時代を生き、同じ時代のなかで成長してきた者の一人として、
また一人のクリエイターとして、僕は喜び、そして刺激を受ける。

2007.10