本田美奈子「1986年のマリリン」


昨日、健康診断に行ってきた。
自慢ではないが、僕は健康診断で一度もひっかかったひとがない。
総合判定はいつも
A
2年前などは、肝臓の数値が
お酒を飲まない人のものだと絶賛されたぐらいだ。

しかし、今回は違った。
総合判定が
Eで再検査という診断を下された。
なんでも白血球が異常なまでに多いらしい。
「最近、風邪をひかれたことはありますか?」と聞かれたのだが、
風邪なんかもう
1年以上引いていない。
なにをどう聞かれても、思い当たることがまったくないのだ。

とりあえず1か月後に再検査をするようにいわれた。
その再検査でも数値が悪いようであれば、
最悪の場合、可能性として白血病も視野に入れなければならないと脅されてきた。


僕はたいていのことでは驚かないのだが、
白血病というのはかなり驚いた。
まさか自分にそんなことが、
たとえ可能性だけの話であっても起こるなんて夢にも思っていなかったのだ。

しかしよく考えれば、白血病であれなんであれ、
絶対に自分とは無関係などとはいえない。
逆をいえば、誰にだって起こりうる可能性のなかで、
僕らは生きているのだ。

2005116日に
急性骨髄性白血病で亡くなられた本田美奈子だってそうだろう。
ヘソ出しルックで腰をくねらせながら『
1986年のマリリン』を唄っていたとき、
彼女は自分の人生がアイドルからミュージカルスターへ、
そして志半ばで病魔に倒れ
38歳にして生涯を閉じるなんて人生は
夢にも思っていなかったはずだ。

1970年に起きたよど号ハイジャック事件のとき
「人の命は地球より重い」といったのは福田
赳夫だったろうか?
しかし、毎日のように報道される悲しいニュースに接するにつけ、
どんどん人の命が軽くなっているように思えて仕方がない。
殺すのも人なら、殺されるのもまた人なのである。

この悪しき風潮にどこかで歯止めがかからなければ、
日本は世界はとんでもないことになると思う。
世紀末なんて言葉は、いつの間にか語られなくなってしまったが、
僕がさまざまな悲しいニュースから受ける印象は、
まさにこの言葉の語感どおりである。

今日も世界中のあちらこちらで新しい命が誕生している。
子どもたちに不幸な人生を望む親なんていないはずだ。

現代を生きる一人ひとりが、
もっと命について真剣に考えるべきだ。

そんなことを思いながら、昨日僕は健康診断から帰ってきた。


2007.05