一青窈 「ハナミズキ」


今日は結婚記念日である。
といっても、僕のではない。
僕の勤めている会社のアルバイトデザイナーのコクブさんの、
1周年の結婚記念日なのだ。

コクブさんは入社してから、
ほぼずっと僕の隣で仕事をしていた。
いわば僕の秘蔵っ子である。
だから
1年前、結婚するとと聞いたときは、
まさに娘を嫁に出すような気持ちになったものだ。

コクブさんの結婚式を2日後に控えた金曜日の午後、
僕は仕事をしながらものすごい寒気に襲われた。
そしてその夜、だんだん具合が悪くなってきた。
会社の取締役
GMから、飲みながら打ち合わせをと誘われたのだが、
それどころではないと思い
その
GMが営業を担当している仕事を口実に断った。

実際は口実ではなく、本当にその週末中に片づけなきゃいけなかったのだが、
とにかくその日は飲みになど絶対に行けるような体調ではなかったのである。

結局、その日はそのGMの仕事にとりかからずに帰宅した。
怖いから体温は測らなかった。

日曜日はコクブさんの結婚式である。
なんとしても土曜日中にその仕事を片づける必要があった。
僕は迷わず、土曜日の朝早起きしてその仕事を片づけようと思い、
その日はとっとと寝た。

土曜日は、ちゃんと早朝に目覚めた。
しかし、体調は最悪であった。
それでも僕は、必死になって、
なんとか午前中に仕事を片づけた。
そして、新宿へと出かけた。

なにゆえ、そんなに体調が悪いのに新宿へなど!?
と疑問を抱いた読者よ!友よ!! まあ、僕の話を聞いてくれ。

ちょうどその時期、知り合いのデザイナーのお嬢さんが
新宿で写真の個展を開いていて僕も招待されていた。
なかなか忙しくて行けずにいたところ、
気がついたら
52日で
その個展は終わってしまうという状況となってしまったのだ。
30日の日曜日はコクブさんの結婚式なので、
29日の土曜日に行くしかなかった。

会津の飯盛山で自刃した白虎隊士中二番隊の篠田儀三郎くんは、
友だちと蛍狩りの約束をしていた当日、
土砂降りのなかをその友だちの家までやってきたという。
篠田くんは約束した以上、
雨だから勝手に今日は蛍狩りをやめたというわけにはいかないから、
その友だちの家を約束どおり訪ねたのだそうだ。

僕は白虎隊のエピソードのなかで、
この話がいちばん好きだ。
以来、僕も約束は守るように心がけて生きている。
なので、体調が悪いからといって勝手にその約束を反故にするのは、
僕の士道に反することだったのだ。

フラフラする体で新宿まで行き、
ひと通り展示された写真を鑑賞したあと、
大急ぎで帰宅した。

恐る恐る体温を測ったら、体温計は
38.7℃と表示していた。
昨夜から恐れていた現実が目の前にあった。
僕は明日の朝、奇跡的に全快していることを願って、
その日はそのままひたすら眠った。

そして迎えた430日、結婚式当日。
前日は寒々とした雨模様だったというのに、
この日は朝から快晴だった。
心なしか体調もよかった。
さっそく熱を測ってみたところ
37.8℃だった。
体が熱慣れして、
1℃下がっただけでも快調に感じたのであろう。
まあ、これだったら大丈夫だろうと、
僕は礼服に着替え、意気揚々と出かけた。

マンションのエレベーターを降りたら
1Fに大家さんがいて、
いつものようにお花の手入れをしていた。
そこで僕もいつものように大家さんに挨拶をし、
しばし立ち話をした。
基本的に僕は待ち合わせの時間には、かなりの余裕をもって出かける。
だから大家さんと立ち話をしても、遅れる心配はなかった。

我ながら実にいい心がけである
()

ウェディングドレス姿のコクブさんは、本当にきれいだった。
そのきれいさは幸せの絶頂にある女性ならではの輝きに満ちた美しさだった。
僕はまさに父親のような心境で、
コクブさんと新郎のマサキくんに心から拍手を送った。

幸いにして体調は大丈夫だった。
乾杯前のスピーチもバッチリだった。
あとは体内をアルコール消毒するだけと、
悠々とした気分で注がれたビールを次々と飲み干していた。

披露宴でコクブさんの友人が唄ったのが
一青窈の『ハナミズキ』である。
めちゃめちゃ歌のうまい人で、
僕は思わずビールを飲む手を止め、聴き入ってしまった。

「君とすきな人が百年続きますように」
(作詞・一青窈)
というフレーズは心に染みわたり、僕は泣きそうになった。

コクブさんは直属の上司である僕に、
自分の口で真っ先に結婚することを伝えなきゃと思ったという。
そんなコクブさんに対し僕は
「失敗しない結婚生活なら、僕に聞けば大丈夫さ」と笑った。

結婚してからまだ1年。
これからいろんなことがあると思う。
コクブさんとマサキくんが、百年続きますように。
心から、そう思う。

ちなみにこの日、帰宅したあと熱を測ってみたら、
すっかり平熱に戻っていた。
あの熱はいったいなんだったのだろう?
考えてみれば、あんな熱を出したのは1年ぶり以上だったし、
この
1年間も発熱なんかしていない。
ホントに不思議な発熱だった。


よっぽどコクブさんをお嫁に出すのがショックだったのだろうか?

2007.04