左とん平「とん平のヘイ・ユー・ブルース」


昨夜、ケータイが青い光を放っていた。
メールの着信を知らせるランプである。
はてはて、誰からかな
?と思いケータイを見たところ、
そのメールは
SMSでのものだった。
そして、そのメールにはこう書かれてあった。「殺す
! たま取る。」

SMSなので、発信者の番号がしっかりと表示されていた。
もちろん憶えのない番号である。
さらにいえば、誰かに殺すなどといわれる覚えもない。

たいていの人は、こういうメールは気味が悪いのだろうが、
僕はまず吹き出してしまった。
「殺す
!」はいい。
しかし「たま取る。」って、
1960〜70年代の東映映画じゃないんだから。
21世紀のナウな殺し屋も、いまだにこんな表現を使うのだろうか。

さらに「たま取る。」という字面が実に間抜けである。
まるで僕のチョロ松くんの下についている袋入りの「豊玉」を取られるかのようだ。
いや、ある意味、殺されるよりそっちのほうが辛いかも
・・・などと考えているうちにだんだん楽しい気分になってきた。

喧嘩屋トシの異名をとった元バラガキの僕は、
どうも大人になってからもその気性は直らないようで、
ケンカを売ってくるヤツが現れると俄然張り切ってしまうのである。
やれるもんならやってみろ
!返り討ちにしてやるなどと、ついつい考えてしまうのだ。
それで本当にやって来たら、それはそれでビックリしてしまうが、
もしやって来るのであれば背後から撃つとか刺すではなく、
正々堂々と正面から来てほしいものである。
さらに「冥土の土産に教えてやるぜ」と、
なんで僕を殺すのかもちゃんといってもらわないと困る。
理由もわからず殺されるなんて、絶対にイヤだ。

いまから10年ほど前、
「どうして人を殺してはいけないのか」という論争があったことを憶えている。
この論争の主旨は自分の子どもに「どうして人を殺してはいけないのか」について、
ちゃんと説明できるか否かというものであった。
僕は雑誌などでとり上げられたこの論争を半ば呆れながら見ていた。

ちょうどこの当時。
とある出版記念イベントのゲストとしてやってきたアダルトビデオの村西とおる監督は、
このことについて司会者に意見を求められた際
「いいも悪いもないですよ。人殺しはいけないに決まってるんです」と明快な回答をした。

僕は村西監督の意見に
100パーセント賛同した。

なんでもかんでもアタマからダメといったり、
否定したりするのはよくないと思うが、
世の中には「ダメなものはダメ」なことがたくさんあるのだ。
それをヘンに理屈づけて説明しようとするから、
物事の本質が見えなくなってしまうのである。

本当に殺すことはいうに及ばず、
本気にせよイタズラにせよ「殺すぞ」などと脅すことは
理由の如何を問わず絶対に許されることではない。

参議院議員時代、中村敦夫さんも「殺すぞ」と脅されたことがある。
ちょうど敦夫さんが選挙公約として掲げていた
新しい政党の立ち上げを発表した頃のことだった。
「ハジキで殺るぜ」というメッセージが
敦夫さんのマネージャーの携帯電話に残されていたのだ。
すぐさま敦夫さんは記者会見を開き、このことは公になった。
僕は「ハジキで殺るぜ」という前近代的な脅し文句に笑いをかみ殺しながらも、
敦夫さんの身を案じた。

この記者会見から数日後、
四谷のとあるホールを借りて敦夫さんの新党の説明会が行われることになっていた。
脅迫を公にしてから、はじめて多くの人前に敦夫さんが出るのである。

少年時代、古い映像で観た当時の社会党委員長・浅沼稲次郎刺殺事件は
僕の脳裏にずっと鮮明に焼きついていた。
まさか同じことが起きるとは思えないが、
それでも若干緊張した気持ちで会場へと向かったことを憶えている。

会場には数百人の人がつめかけていた。
敦夫さんはステージに登場するなり会場を見渡し、開口一番こういった。

「このなかに拳銃を持っている方はいますか?

そういい放って敦夫さんは「つかみはOK」とばかりに笑顔を見せ、こう続けた。

「まあ、今日来られた方のなかには心配している人もいますでしょうが、大丈夫です。
何も起こりゃしませんから」

僕はそんな剛胆な敦夫さんを見ながら、
いかにも敦夫さんらしいなと感心した。

この数年前、
敦夫さんは某宗教団体より名誉毀損で刑事告訴されている。
この宗教団体について敦夫さんがテレビで発言したことに対し、
訴えを起こしてきたのだ。
そのとき敦夫さんは取材に来た記者団に対して
「飛んで火にいる夏の虫」と書いてくれと発言し、
さらには「
10倍にして返してやる」と語っている。
この刑事告訴に対して敦夫さんは
「これは口封じのための脅迫目的である」と考えていたようなのだ。
最初から本気で敦夫さんと闘うつもりなら、
刑事告訴ではなく民事訴訟を起こすはずである、というのがその根拠だった。


その直後、
敦夫さんは積極的にメディアでこの宗教団体の秘密について語るという反撃に出た。
あとで聞いた話によると、
敦夫さんは個人的にこの宗教団体に興味を持っていて、
この
15年前ぐらいからいろいろと調べていたらしい。
そのようにして蓄積されたデータに加え、
敦夫さんに賛同してくれたさまざまな人々から
新たな資料や証言が次々と寄せられたことにより、
この宗教団体の謎に包まれていたベールが次々と白日の下に晒されていった。

その後、敦夫さんたちにより実態を暴かれたこの宗教団体は徐々に衰退し、
敦夫さんが名誉毀損で起訴されることもなかった。

脅しなどどこ吹く風よとばかりに、
己の信念を愚直なまでに真っすぐに貫き通す。
この宗教団体との対立は、
まさに「気骨の人」中村敦夫の真骨頂であった。

そんな敦夫さんだから、
この「ハジキで殺るぜ」もただの脅しと考えていたのだろう。
しかし、敦夫さんのまわりの人たちはそう簡単に楽観視することもできず、
またまたあとで聞いた話によると会場の最前列に
武道系体育会の
OBや学生たちを座らせるなどして不測の事態に備えていたという。


昨日、僕のもとに届いたメールの真意はわからない。
本気で僕を殺そうとしているのか、それとも脅しなのか、
はたまた無作為に送りつけたただのイタズラなのか、
いまのところ何ひとつわからない。

いちばん手っ取り早いのはメールを送ってきた相手に電話して、
左とん平の往年の名曲『とん平のヘイ・ユー・ブルース』ばりに
Hey you! What your name?」とでも聞けばいいのだろうが、
昨日の今日でそれをしてしまうと
相手に僕がビビってると勘違いさせてしまう恐れがあるので、
もうしばらく様子を見たいと思っている。

もし、もう一度、そいつから連絡があったら、
そのときは僕も反撃に出る。
まさに「飛んで火にいる夏の虫」である。
僕も
10倍にして返してやるのだ。
そして、脅す相手を間違ったと骨の髄まで後悔させてやる。

僕に殺意を抱いているにしても、単なる愉快犯にしても、
こんなメールを送ってよこす人間の精神は決して健全ではない。
ここ数日だけでも、
人を殺すという感覚が完全に麻痺していると思わざるを得ないような事件が
ニュースで連日とり上げられている。

世の中はますます病んでいる。
これは笑い事ではない。
つくづく、そう痛感させられる。


2008.03