原田真二「見つめてCARRY ON」

原田真二のデビューは実に衝撃的だった。
まだあどけなさの残る顔で
(なんて、当時小学6年生だった僕がいうのもヘンだが)
ピアノを弾きながら唄う原田真二は、
これまでにない新しいアーティストの出現だった。

この当時「ロック御三家」なる言葉が生まれた。
御三家とは原田真二とチャー、
そして世良公則&ツイストのことである。

本格的なミュージシャンなのにテレビに積極的に出演し
(この当時は、テレビ出演を拒否するミュージシャンが多かった)
アイドル並の人気を誇るロック御三家は、
瞬く間に時代の寵児となった。

原田真二は197710月『てぃーんずぶるーす』でデビュー。
その後、
11月に『キャンディ』、12月に『シャドーボクサー』を発売し、
3ヵ月連続でレコードをリリースするという前代未聞のデビューを飾るだけでなく、
その
3曲がすべてオリコンの20位以内に入るという日本の音楽史上、
過去に例を見ない快挙を達成した。

先日、とり上げた竹内まりやと同じように、
原田真二も目指す音楽性とアイドルとしての扱いとのギャップから、
デビュー
3年で独立。
その後もコンスタントに音楽活動を続けていたのだが、
なかなか華々しいニュースは伝わってこなかった。

僕のなかで原田真二が過去の人とならんとしていた
19833月、
佐野
(元春)くんのラジオ番組で原田真二の新曲が紹介された。
タイトルは『雨のハイウェイ』といった。
この曲はいいなと思った。
原田真二もこの曲には期するところがあったのだろう。
夜のヒットスタジオにも久々に出演し、この曲を披露した。

残念ながら、この『雨のハイウェイ』はメガヒットにはならなかったが、
久々に原田真二健在
!!を確認でき、とてもうれしかった。

それから3年半後の1986年の921日、
原田真二は『見つめて
CARRY ON』というシングルをリリースした。
これが実にいい曲で、僕はテレビ神奈川の
“ミュートマJAPAN
で流れたプロモをビデオに録画し、
何度も観た。

原田真二もこの曲には
手ごたえを感じていたのではないだろうか?

またしても、夜のヒットスタジオに出演し、
またまた生演奏をした。

しかし、この曲もセールス的には大成功を収めたとはいえない。

『見つめてCARRY ON』がリリースされたとき、
僕はまだアドマンとして駆け出しの頃であった。
あれから
21年。
相変わらず理不尽なことやムカつくことは多いけど、
それでもこの仕事が好きで続けている。

「継続は力なり」なんて言葉は説教くさくてキライだが、
あきらめないで続けることは、やはり大事なような気がする。

20年以上続けていても、まだまだ葛藤と模索の日々ではあるが、
続けていけばきっといいことがあるさと思いたい。

『見つめてCARRY ON』の歌詞のシメも
CARRY ON 見つめて CARRY ON あきらめないで」(作詞・原田真二)である。


2007.03