ジョージ・ハリソン「ディス・イズ・ラヴ」

それは20011130日、午後5時半過ぎのことだった。

職場で流れていた
J-WAVEで、
いつも陽気なピストン西沢がいつになく深刻な声で
「ここで悲しいお知らせがあります」といった。

次の瞬間、僕は確信した。
「ジョージ・ハリソンが死んだ」と。

「ビートルズで誰が好き?」と聞かれたら、
僕は胸を張ってこう答える。
「ジョージ・ハリソン」と。
すると、たいていの人は「へ?」とか「は?」とかというリアクションを見せる。
そして、たいていの人はこう言葉をつなげる。「どこがいいの
!?


僕にとってジョージ・ハリソンの魅力といえば
「美しいメロディライン、繊細な歌声、そしてへなちょこなギター」ということになる。


ジョージ・ハリソンというギタリストは、
早弾きテクで勝負するギタリストではない。
しかし、僕はやはり超一流のギタリストだと思う。
特にジョージ・ハリソンの弾くスライドギターは、
誰にも真似ができない。

あのエリック・クラプトンをして
「スライドギターでロックンロールを弾けるのはジョージだけだ」といわしめる、
スゴ腕ギタリストなのだ。

1982年に“ゴーントロッポ”というアルバムを発表して以来、
ジョージ・ハリソンはほとんど引退状態にあった。
本人も雑誌のインタビューで
「もう僕は引退した人間だから」というような発言をしていた。

もう、ジョージ・ハリソンの新曲は聴けないのかと僕は思っていた。
なだけに、
1987年にアルバム“クラウドナイン”で奇跡の復活を遂げたときは、
まさにこの世の春が美しすぎるチアガールたちとともにやってきたわい、ってなくらい
めでたしめでたしな気分であった。

この“クラウドナイン”からの第1弾シングル
『セット・オン・ユー』 は全米ナンバーワンを獲得し大きな話題となったが、
同アルバムからのシングルカット第
3弾が『ディス・イズ・ラヴ』である。

この曲の間奏で演奏されるスライドギターが実に素晴らしい。
「ほわ〜ん」という実にゆるい音色で、
ジョージ・ハリソンまさにここにあり
!!というギタープレーなのだ。
またこの曲のプロモの最後で、
ジョージ・ハリソンがギターを弾きながら珍しく足をくねらせ、
ロケンローラーぶりを見せているのだが、
その直後に見せる照れたような笑顔が、これまた実に素敵なのである。

クラシックを含む音楽の歴史のなかでも、
指折り数えるほどの成功を収めた人間でありながら、
派手なことを避け、偉ぶることなく生きてきた
ジョージ・ハンソンの人間性が垣間見られるような表情で、
大好きなシーンのひとつである。

ジョージ・ハリソンが余命1週間であるというニュースを知ったとき、
最初は信じられなかった。
しかし、各メディアの扱いの大きさからして、
これは本当にホントのことなのではと思わざるを得なくなった。

そして、迎えたのが1130日である。

ジョージ・ハリソンはカリフォルニアで亡くなった。
公式発表によると死亡日時は
1129日の午後130分とされている。
日本時間でいえば
1130日の午前630分となる。
なので、僕はジョージ・ハリソンの命日は
1130日と定義している。

2001年の1130日は、ちょうど新宿花園神社でお酉さまが行われていた。
僕は同僚と
3人で見世物小屋見物に出かける予定だった。
気分的には見世物小屋どころではなかったのだが、
落ち込んでいるうえに約束を反故にして同僚に心配をかけるのも失礼なので、
予定どおり出かけた。

見世物小屋で双頭の牛のミイラや、
伝説の蛇女・お峰太夫によるヘビ食い
&火吹き芸などを鑑賞したあと、
近くの居酒屋・呑者家でジョージ・ハリソンの想い出話を肴に
真夜中の
2時過ぎまで飲んだくれた。

その後、同僚と別れてタクシーを拾おうと新宿駅の南口に向かっていたら、
知っているバーの灯りが見えた。
ジョージ・ハリソンを亡くした傷心の僕は、
迷わずそのお店に入り、朝まで飲み続けた。
ここでもジョージ・ハリソンについて、
ビールを次々と飲みまくりながら語りまくったのはいうまでもない。

帰宅し、眠り、目覚めたときは121日のお昼だった。
テレビをつけたら、さる高貴なご一家の長男夫婦に
待望の第一子が誕生したとのことで、祝賀ムード一色であった。

僕は喪中だというのに、世の中はめでたいのである。
このタイミングの悪さも、どこかジョージ・ハリソンらしいなと思った。

ジョージ・ハリソンが亡くなって5年。
この間に転職したり、引っ越したり、仲間を失ったり、
40代になったりと僕の人生は大きく変化した。
そんなめまぐるしい日々の連続の中で、
ジョージ・ハリソンの美しいメロディラインと繊細な歌声、
そしてへなちょこなギターは、僕をいつも慈愛に満ちた穏やかな世界へと、誘ってくれた。

ありがとう、ジョージ・ハリソン。合掌


2006.11