エコーズ「ジェントルランド」

いまやすっかり文壇の大御所ヅラをしている
芥川賞作家の辻仁成
(ひとなり)であるが、
僕のなかでは辻といえばやはりエコーズの辻仁成
(じんせい)である。

エコーズは、デビュー当時から
子どもの視点で歌われている曲が多かったが、
なかでも僕がいちばん好きだったのは
1987年に発表された
『ジェントルランド』である。

「偏差値ばかり気にしてると猫背がひどくなりそうだ」
(作詞・辻仁成)
というフレーズが、特に気に入ったのだ。

僕はいわゆる受験戦争の落伍者なので、
偏差値で苦しんだという経験がない。

自慢じゃないが最終学歴は、高卒ということになる。
しかし、僕はそのことに対してコンプレックスは、
これっぽっちも抱いていない。

大学なんか出なくたって僕はなんとかなると思ったし、
絶対なんとかしてやると思っていた。

不安もなかった。

誤解を恐れずにいえば、
大学なんか人生の手段であって目的ではないのだ。
そんなことのために読みたいマンガが読めなかったり、
観たいテレビ番組や映画が観られなかったり、
聴きたい音楽が聴けなかったりというのはかわいそうな気がする。

大人になってからサイン、コサイン、
タンジェントなんて話題を出したところで誰もついてこないだろう。

そんなことより、想い出のマンガやテレビ番組、
映画やロックンロール音楽について熱く語れる、
自分だけの引き出しをたくさんもっていたほうが、
僕は絶対にいいと思う。

先週の土曜日、所用があって新宿へと出かけた。
ちょうど
1時過ぎぐらいであった。

途中駅で、塾帰りらしい小学生の集団が
大挙して電車に乗ってきた。
どうやら受験前の行事があったらしく、
その保護者らしい人たちも一緒だった。

ガラガラだった真昼の大江戸線が、
あっという間に満員電車と化した。
それはいい。

しかし僕がうーむ、これはどうだろうと思ったのは、
その子どもたちの傍若無人ぶりである。
大声で騒ぐ、人の足は踏む、背中にリュックは背負ったまま、
あげくの果てには座っている人に寄っかかる、としたい放題。
しかもそれを親も注意するわけでもなく、
一緒になって真昼の大江戸線を占拠していたのだ。

そんな光景を横目で見ながら、
偏差値なんかよりも生きていく上でもっと大切なものがあることを、
学ばなければならないことがあることを、
この親子たちは知っているのだろうかと思った。

作家・辻仁成のデビュー作“ピアニシモ”は、
すばる文学賞を受賞した。
心のなかにヒカルという存在を抱えた子どもを主人公にしたその作品は、
エコーズ時代の歌にも通じる世界があって、
いかにも辻らしいなと思ったものだ。

1976年、ミグ29で日本に亡命してきた
ソ連軍のベレンコ中尉の話をフックにした第
2作“クラウディ”は、
夢中になって読んだ。

僕にとって作家・辻仁成のピークはここであった。

その後発表された小説“旅人の木”とエッセイ“そこに僕はいた”以降、
辻の本は読んでいない。
エコーズを解散してから、
彼の歌も興味がなくなった。

なので、いま辻仁成が
どんな創作活動を行っているかはまったく知らない。

成城大学を中退し、社会に出てから約四半世紀。
子宝にも恵まれ、すっかり富も名声も手に入れた辻は、
いまだに「偏差値ばかり気にしてると猫背がひどくなりそうだ」と思っているのだろうか?


2007.02