クリエイション「ロンリー・ハート」

明日はいよいよ41歳の誕生日である。
最近知ったことなのだが、
219日はプロレスの日なのだそうだ。

それと関係あるかどうか知らないが、
ドリー・ファンク
Jr219日生まれである。

ドリー・ファンクJrといえば、
やはり弟のテリー・ファンクと一緒にザ・ファンクスとして優勝した
1977年の世界オープンタッグ選手権がもっとも印象に残っている。
ザ・シークとアブドーラ・ザ・ブッチャーの極悪非道コンビの反則攻撃にも負けず、
見事優勝を収めた試合は、大のプロレス好きだったタカハシ少年を熱狂させたものだ。

この大会でザ・ファンクスのテーマ曲として知られるようになったのが、
竹田和夫率いるクリエイションの『スピニング・トーホールド』である。
この曲は、ザ・ファンクスの決め技である
スピニング・トーホールドをイメージしてつくられたもので、
竹田和夫のギターテクが炸裂するインストロメンタルだ。

小学校の卒業文集に意気揚々と将来の夢として、
当時プロレス界でもっとも権威のあった
NWAの世界チャンピオンになると書いた僕であるが、
中学進学とともにプロレス熱は冷め、
『スピニング・トーホールド』のシングル盤もほとんど聴かなくなり、
いつしかクリエイションの名も、僕もなかで薄れていった。

そんな僕が再びクリエイションの名に触れたのは、
高校に入学した
1981年の春のことだった。
NTVで放映されたドラマ“プロハンター”の挿入歌
『ロンリー・ハート』によってである。

プロハンターは横浜を舞台に、
藤竜也と草刈正雄扮する探偵が活躍するドラマで、
僕は毎週のように観ていた。
主演の
2人に加え、柴田恭兵、水上功治、
小川真由美といった脇を固めるレギュラー陣もなかなか魅力的だった。

このドラマで注目を集めたアヒル型のランプを取り扱っていたのが、
後にロス疑惑で世間を騒がせる三浦和義氏が経営していたフルハムロードである。

僕はハマっ子に2度なりそこねている。
僕がいた大和市下鶴間は、
あと
500メートルぐらいずれていれば横浜市瀬谷区であった。
また以前に住んでいた川崎市宮前区にいたっては、
あと信号ひとつずれていれば横浜市青葉区である。
きっと僕には、ハマっ子は似合わないということなのだろう。
まあ、海が怖いなんていっている人間がハマっ子というのも、ヘンだしね。

クリエイションの『スピニング・トーホールド』は、
とてもじゃないが演奏できないが、
『ロンリー・ハート』は、折に触れカラオケで歌ったことがある。

結局、昨日はカラオケには行ったのだが、
エンケンの『東京ワッショイ』がなかったので
かわりに『不滅の男』を絶唱してきた。

9人で飲んでいたのだが、うち2人は酔いつぶれた。
別の
1人はいま、我が家で寝ている。

さらに1人は携帯を紛失したとさっき電話があった。

実に激しい週末の夜だった。


2007.02