シフォンズ「ヒーズ・ソー・ファイン」

僕はかなりのおっちょこちょいである。
先日も電車のなかで雑誌の中吊り広告を見ていたら、
女性誌の広告に“ボブ・ディラン”という文字を発見。
なにゆえ女性誌にボブ・ディラン
!?と思って、
よく見てみたら“ボブ・ディラン”ではなく、
なんと“ボディライン”であった。

コピーライターの仕事で、
なにがやっかいかというと文字校正である。
上がった原稿の誤字脱字
(誤植)をチェックするのだが、
そもそもがおっちょこちょいの僕である。
以前はよく、ギャグだろうというような見落としをした。

僕のコピーライター人生のなかで、
誤植見落としのツートップといえば
「捨て株事件」と「半分ボッてる事件」である。

「捨て株事件」は、今から178年前のこと。
営業の人間が文字校正をしてほしいといって、
株券の原稿をもってきた。
基本的にコピーライターが行う文字校正は、
自分が書いた原稿のチェックのためだと僕は考えている。
なので、自分が書いた原稿でもないものを
コピーライターが文字校正するのは、ちょっと違うと思う。

コピーライターと校正マンは違うのだ。
そんなものは、営業が自らやればいい。
僕は当時会社の役員だった営業の人間に、
生意気にもその思い通りの言葉をいった。
しかしその営業は「僕もチェックするけど、
念のためタカハシくんもチェックして」と
半ば強引に僕に原稿を押しつけて行った。

僕はブーたれながら文字校正をした。
株券」と書かれていたはずのその原稿は、
どういうワケか「株券」と書かれていた。

僕は校正時に気づかなかった。
僕もチェックするといったはずの営業も気づかなかった。
「捨株券」と書かれた原稿は、そのまま印刷にかけられ、
見事
3,000枚の「拾株券」は「捨て株券」となった。

「半分ボッてる事件」は、
とあるインド料理レストランのメニューをつくっているときに起きた。
これも原稿づくりに僕は関わっていない。
しかし「捨て株券事件」のとき同様、僕に原稿がまわってきた。

またまた僕がブーたれながら、校正をしたことはいうまでもない。
しかもこのメニュー、和文と欧文表記が混在している、
実にややこしいものであったのだ。

ワインのハーフボトルの欧文表記は“
Half Bottel”であった。
僕はまたしてもこの誤植に気づかなかった。
刷り上ってからオーナーが、猛烈な勢いでクレームの電話をかけてきた。

「ワインのハーフボトル
1,200円の半分はボッてるから、
Half Bottel”にしたんだ」なんて冗談が通じるワケもない。
さっそく営業が謝りに行った。
以来、僕はボトルのスペルは絶対に間違えないようになった。

この2つの事件を通して僕が学んだのは、
仕事はやるならちゃんとやらないといけないんだ、
とういうことである。
自分が手をかけた以上、それは自分自身に責任が生じる。
そこにコピーライターが
他者の原稿を校正する必然性を論じる余地などはない。
やる以上は、自分の責任を全うしなければならないということを痛切に感じた。

ロックンロール音楽の歴史のなかで最大の誤植事件といえば、
ジョージ・ハリソンの“
My Sweet Road”事件であろう。

ジョージが亡くなってから追悼版として
My Sweet Lord”のシングル盤が発売されたのだが、
こともあろうかその帯のタイトル部分が
Lord”ではなく“Road”となっていたのである。

きっとこの担当者は、
ジョージのことなどよく知らなかったのであろう。
友人が教えてくれた話によると、
CDの帯のみならずホームページでも間違っていたという。

この間違いはすぐに発覚し、すぐさま回収措置がとられたのだが、
My Sweet Lord”ならぬ“My Sweet Road”の初回プレス分はすでに流通していた。
僕は記念に
2枚購入した。
ひょっとしたらオークションなどで、
コレクターズアイテムとして出品している人もいるかも知れない。

それにしても、このとんでもない間違いをしでかしてしまった担当者は、
いったいどうしているのだろう?

シフォンズの『ヒーズ・ソー・ファイン』は、
ジョージがこの曲をパクって『マイ・スイート・ロード』をつくったとして、
訴訟問題にまで発展した問題曲である。
結局、ジョージはこの裁判において「潜在意識のなかにおける盗用」という
わかったようなわからないような定義づけにより
587,000ドルという莫大な賠償金を支払うように命じられた。

誤植を見落とそうと思って見落とすことなどないのと同じように、
ジョージだって別に盗作しようと思って
『マイ・スイート・ロード』をつくったワケではないと思う。
そんなことをいったら、
もっと意図的にパクってる曲などごまんとあるはずだ。
ジョージを愛する者の1人として、実に腹立たしい限りである。

そんなことからシフォンズの『ヒーズ・ソー・ファイン』に対しては、
ジョージへの判官びいきが働いてなんとなく敵対心を抱いてしまう。
ごめんね、シフォンズ。


2007.03