セリーヌ・ディオン「トゥー・ラヴ・ユー・モア


先週末、東京ドームでセリーヌ・ディオンのコンサートが行われた。

セリーヌ・ディオンは1982年、
あの世良公則
&ツイストやクリスタル・キング、
はたまた小坂明子や中島みゆきなどを輩出した
世界歌謡祭へ参加するために初来日し、見事金賞に輝いたらしい。

が、僕が彼女を知ったのは
1995年にヒットした『トゥー・ラヴ・ユー・モア』によってであった。
この曲には日本のフュージョンバンド、
クライズラー
&カンパニーが参加しており、
この曲のヒットにより
セリーヌ・ディオンが日本ゴールドディスク大賞に輝いた際の表彰式の場で、
葉加瀬太郎がクライズラー
&カンパニーの解散を宣言したのを
テレビで観ていたことを憶えている。

正直いって僕はセリーヌ・ディオンの熱烈なファンではない。
けど、『トゥー・ラヴ・ユー・モア』はとてもいい曲だと思う。
メロディラインがきれいで、なおかつ壮大。
なにかのクライマックスシーンにはもってこいの名曲だと思う。

昨日、広川太一郎さん吹き替え&マイケル・ホイ主演の“Mr.BOO!”について書いたが、
今日も引き続き「ミスターネタ」を書こうと思う。
ミスターとはいっても「
BOO!」でも「ジャイアンツ」でも、
もちろん「タイガース」でもない。
ましてや「梅介」でもなければ、「ポーゴ」でもない。

今日、僕が書くのはMr.カズキのことだ。

Mr.カズキをはじめて観たのは、いまから34年前のこと。
場所は宮益坂方面に通じる渋谷駅東口の一画であった。
土曜日の夜だった。
僕は地下鉄に乗ろうと思って、たまたまそこを通りかかった。
ら、なにやら人だかりができている。
土曜日の夜の
11時近くである。
ひょっとしてナニか楽しいことでもあるのかなという野次馬根性が瞬時にわき上がり、
僕はその人だかりに近づいた。

そこにMr.カズキがいたのだ。

Mr.カズキは、
このあとで知ったのだが東京都が認定するヘブンアーティストの
1人であった。

ヘブンアーティストとは、
東京都の審査を通ったストリート・ミュージシャンや
大道芸人に与えられるライセンスの称号で、
これに認定されたアーティストは
都内の公共施設の一部を活動の場として使用することが認められている。

Mr.カズキは大道芸人であったのだ。

僕はネズミーランドなどでジャグリングをやっていた知人がいることもあり、
ついつい興味深く
Mr.カズキのパフォーマンスに見入った。
Mr.カズキは最後に高さ2メートル以上の一輪車に乗ったまま、
火のついたたいまつやナイフ、リンゴなどを器用にジャグリングして魅せた。

土地勘のある方ならわかると思うが、
渋谷駅の東口から宮益坂にかけては平坦ではない。
駅前とはいえかなり傾斜がある。
一輪車をこぐには決していい条件ではないその場所で、
この目の前にいる男は高い高い一輪車にまたがり、
火のついたたいまつを振り回しながら、
一瞬ずつリンゴをかじっているのだ。

僕は神業を見る思いで、Mr.カズキのパフォーマンスを観た。
このとき
BGMとして流れていたのが、
セリーヌ・ディオンの『トゥー・ラヴ・ユー・モア』なのである。


以来、この曲と
Mr.カズキは僕のなかで切っても切れない関係となった。


ぜひ、また観たい。
Mr.カズキのパフォーマンスをどうしてももう一度観たい。
しかし、彼がいつどこでパフォーマンスを行うのか、
そのスケジュールがさっぱりわからなかった。
週末に出かけるたびに
Mr.カズキの姿を探したのだが、
すぐに見つけられるほど世の中カンタンにできてはいない。
偶然に賭けるしか、次に
Mr.カズキを観る方法はなかった。

そんなことを考えながら、
新宿の歩行者天国を歩いていたある日の日曜日。
伊勢丹前に人だかりができていた。
僕は足早にこの場へと近づいた。
このころ僕は、週末に人だかりを見ると、
早足になってその場に近づく習性が身についていたのだ。

そこではMr.カズキがパフォーマンスを行っていた。

以来、日曜日の午後、都合がつくときは新宿に出かけた。
もちろん
Mr.カズキを観るためである。
いわばオッカケだ。
こんなオッサンにおっかけられても、
Mr.カズキはうれしくもなんともないと思うが、
僕は彼のパフォーマンスに真のプロ魂を見、
そしてそのプロ魂に惚れ込んでしまったのだ。

何度か週末の伊勢丹前通いが続いたある日、
いつもの場所に
Mr.カズキが座っていた。
しまった
!! 今日はもう終わってしまったのだろうか!?
そう思いながら、僕はMr.カズキに近づき、恐る恐る声をかけた。

「今日はもう終わってしまったんですか?

「いや、あと20分ぐらいしたらやります」

僕がはじめて観たときと同じく、
黒い
Tシャツに黒いパンツ姿のMr.カズキは静かにそういった。
そのただずまいは、これから試合に臨むアスリートのようであった。

その後も何度かMr.カズキを観に伊勢丹前に出かけたある日のこと。
Mr.カズキがパフォーマンスをしている最中、警官2人がやってきた。
Mr.カズキになにやら話しかけている。
どうやら新宿のホコ天で、
ストリート・パフォーマンスを行うのはダメになっているようなのだ。

たしかに理は警官にある。
しかし、僕はこういうときに権力が介入してくるのを異常に嫌う。
もし途中で強制的にパフォーマンスをやめさせることになったら、
僕は「続けさせろよ
!!」と大声で叫んでやろうと、
サングラスの奥の目を吊り上げ、お腹に力を込めた。

このとき僕のアタマのなかで鳴り響いていたのは、
セリーヌ・ディオンの『トゥー・ラブ・ユー・モア』
・・・では、もちろんない。
やはりこういうときは
セックス・ピストルズの『アナーキー・イン・ザ・
UK』である。

次の瞬間、Mr.カズキは大の字になり、路上にうつぶせになった。
絶対にここは離れないという、彼の強烈な意思表示であった。
その
Mr.カズキの思いがけない行動に虚をつかれた警官たちは、
ここはやむなしとあきらめたようで
Mr.カズキから離れ、
人だかりの隅へと移動した。

パフォーマンスが終了し、Mr.カズキは警官に連行されていった。
その後ろ姿を見送りながら、僕はカッコいいなぁと心から思った。

それ以来、Mr.カズキを新宿で観ることはなかった。

Mr.カズキはどうしているのだろう?
でも彼は絶対にストリート・パフォーマンスをやめていないはずだ。
きっとどこかでまたやっているに違いない。
いつかまた会える時がくるさ。

そんなことを考えながら何十回目かの週末を迎えた今年の、
とある土曜日の午後。
後楽園遊園地の広場をホテホテと歩いていたら、
人だかりができていた。
Mr.カズキであった。

なんだよ、こんな近くにいたのか!!
僕は旧友と再会したようで、
うれしくてうれしくて仕方がなかった。

もし路上でMr.カズキを観る機会があったら、
ぜひ足を止めて観てみるといい。

彼のパフォーマンスは本当にスゴイ、素晴らしい。
お金を払うに値する、
真のプロフェッショナルの芸を目にすることができるはずだ。


2008.03