カーズ「ユー・マイト・シンク」


1980年代前半、“DCブランドブーム”というのがあった。
DCとは「デザイナー&キャラクター」の略で、
平たくいえば洋服のブランド物のブームだった。

世のナウなヤングたちはこぞって自分の好きなブランドを見つけ、
洋服のために大枚をはたいたり、借金したりしたものだ。

当時、僕が好きだったのは以前にもチラリと書いたように、
細川伸さんの“
PASHU”というブランドだった。
暇さえあればあちらこちらに洋服を見に行く日々のなかで、
PASHU”とは別に、なんとも気になるブランドがあった。

そのブランドは佐藤孝信さんの“アーストンボラージュ”であった。

“アーストンボラージュ”の特にブルゾンにおける
斬新なフォルムやつくりがどうにもこうにも気になったのだ。
かのアンディ・ウォーホールやマイルス・デイビスも
このブランドのファンだったというが、
“アーストンボラージュ”といえば僕は真っ先に
カーズのヴォーカリストのリック・オケイセックを思い浮かべる。
リックも“アーストンボラージュ”の服を愛用していたのだ。

リック・オケイセック率いるカーズといえば、
やはり
1984年に発表されたアルバム“ハートビート・シティ”と
シングル『ユー・マイト・シンク』である。

『ユー・マイト・シンク』はまさに
80年代を思わせるエレクトリックポップで、
そのプロモーションビデオは第
1MTVアワードの大賞を受賞した。
都会的でクールでおしゃれと評されるザ・カーズのサウンドは、
まさに
1984年の空気にマッチしていたと思う。

風呂なし、トイレも和式の共同、
おまけに出入り口はドアではなく引き戸という
6畳一間の超オンボロアパートに住んでいながら
何万円もする洋服を着ていたなんて、
いま考えると実にアンバランスな気もするが、
その当時はそんなヤツはゴマンといた。

そしてそれぞれが目一杯おしゃれなカッコをして、
街を闊歩したものだ。

1984年の春、
街にはカーズの『ユー・マイト・シンク』がよく流れていた。
18歳の春の想い出の1曲である。

1988年、カーズの解散以降、
リック・オケイセックはプロデューサーとしても敏腕をふるい、
2005年には8年ぶりにソロアルバムを発表した。

細川伸さんも、佐藤孝信さんも、
それぞれのブランドを展開し、いまも第一線で活躍している。

いずれも僕がまだ10代の頃に大きな影響を受けた、
すぐれたクリエイターである。

それらの人たちが21世紀の今日、
いまなお創作活動を行っていることに心から敬意を表したい。

そしてあらためて、
僕もまだまだがんばらなきゃねと思う、
2007年の春である。


2007.03