ブライアン・アダムス「ストレート・フロム・ザ・ハート」

ぜいたくなレコードの買い方に、ジャケ買いがある。
ジャケットを見ただけでレコードを買うわけだから、
イチかバチかの世界である。
ジャケ買いしたレコードがアタリだった場合はいいが、
外れた場合は悲惨である。
思わずわが身を呪いたくなる。

このジャケ買い…僕のロックンロール人生のなかで、
いちばんのアタリといえば
ブライアン・アダムスが
1983年に発表したアルバム
“カッツ・ライク・ア・ナイフ”である。

ジーンズに革ジャン姿の若者が、
リッケンバッカーらしきギターを右手にもって
いままさに駆け出さんとしているシチュエーションのモノクロ写真。
このジャケットを見た瞬間、
これは絶対間違いないと思った。
ルックスもなかなかである。

僕はまた1人、カッコいいロックンローラーを発見した喜びにひたりつつ、
その音楽を聴いてみた。

The Boss”ブルース・スプリングスティーンや
佐野
(元春)くんの系譜に入るその音楽は、
アタリもアタリ、大アタリであった。

ブライアン・アダムスは1959年生まれなので、
56年生まれの佐野くんのちょうど弟的な年代である。
アルバムデビューは
1980年の2月なので、
佐野くんとほぼ同期だ。

翌年の
6月、セカンドアルバムを発表。
このアルバムに収録されている『ジェラシー』は、
まさにスプリングスティーンを彷彿させる名曲である。

僕はこの曲をはじめて聴いたとき、
己の不勉強を恥じた。
これは、もっと前にチェックしておかなければならない曲であり、
アーティストであったと思ったのだ。

アルバム“カッツ・ライク・ア・ナイフ”からシングルカットされた
『ストレート・フロム・ザ・ハート』は、
彼自身初の全米トップ
10ヒットとなり、
ここからブライアン・アダムスの快進撃がはじまった。

“カッツ・ライク・ア・ナイフ”の勢いをそのままに
翌年、発表したアルバム“レックレス”は世界的に大ヒットし、
1984年の全米年間アルバムチャートでは
スプリングスティーンの“ボーン・イン・ザ・USA
に次いで
堂々の年間
2位を獲得した。

1993年、ブライアン・アダムスは
映画“三銃士”のテーマとなる『オール・フォー・ラヴ』をリリース。
全米
1位、全英でも2位の大ヒットとなったが、
ブライアンに対するリスナーたちの印象はロックンローラーではなく、
バラードシンガーへとシフトしてしまった。

そんな風潮に対抗し、ブライアンは
1996
18・ティル・アイ・ダイ』というアルバムをリリース。
自身のロックンローラーぶりを世界に問うた。

結果はイギリスではナンバー
1ヒットとなったものの、
アメリカでは最高
31位に止まった。

以来、ブライアン・アダムスは
イギリスを本拠地として活動することになる。

「死ぬまで18歳」とは実にカッコいい。
僕もかくありたいと思う。
しかし、現実はそうはいかない。
18歳の頃に正しいと信じていたことが、
実は間違いだったなんてことに気づかされたりもする。
悲しいかな、理想だけでは生きられない。
ときには妥協したり、己の過ちを認めたりしながら
現実と折り合いをつけ、生きていかなければならないのだ。

佐野くんは、自身の音楽についてこう語っている。
「僕は商業音楽のなかに身をおいているわけですから、
当然、僕の芸術的な満足を満たすためにやり続けているわけじゃないんです。
聴き手の皆さんがいて、ファンの皆さんがいての作業なんです。
だからあまりにぶっ飛んだことをやって『よくわからないよ』っていわれれば、
『ごめん、ごめん』っていって路線変更するし。
で、路線変更して『もうちょっと刺激的なものが欲しい』っていわれれば、
『わかった』といって次のものを出す。
要するに僕の友だちが喜んでくれることをやっていこう、
というのが僕の基本的な態度。
もちろんそこに自分の信条や自分の芸術的な何かを埋め込むことはしますよ。
でも、それが一番じゃない。僕はポピュラーシンガーですから」

僕は佐野くんのこの言葉に、
真のプロフェッショナリズムを感じる。
当然、この結論にいたるまでには、
さまざまな葛藤があったと思う。

ブライアン・アダムスも同じような葛藤のなかで、
もがき苦しんだことだろう。

でも佐野くんもブライアン・アダムスも、
歌い続けるのをやめてはいない。

1983年、佐野くんは単身ニューヨークにいた。
ハードなニューヨーク生活のなかで、
『ストレート・フロム・ザ・ハート』を聴いて励まされたと
ラジオで語っていたことを憶えている。

自分のつくったものが、
自分の知らないところで誰かを元気づけているとしたら、
それはつくり手冥利に尽きる。

そんな喜びがあるから、
クリエイターはクリエイターであり続けられるのだと思う。


2007.02