ボビー・マクファーリンドント・ウォーリー ビー・ハッピー


We are all in the gutter,But some of us are looking at the stars.

(俺たちはみんなドブの中にいる。でも、そこから星を見ている奴らだっているんだ。)


これは戯曲“サロメ”などで知られる
イギリスのイカレポンチ野郎、
オスカー・ワイルドの作品の一節である。

まだ何者でもない奴ら。
でも、夢とか野望は忘れていない。
そんな息づかいがこの一文から感じられる。

僕はこの言葉を大切にして生きている。
以前、勤めていたときは、机の脇にこの一文を書いた紙を張っていたほどだ。

この素敵な一文を僕に教えてくれたのが、ロバート・ハリス兄である。


そのハリス兄に、一昨日会ってきた。

場所は阿佐ヶ谷に去年の12月にできたばかりの
トーク
&ミュージック・ライブハウス「ロフトA」。
ここでハリス兄と日本バックギャモン協会代表の下平憲治氏、
そして日本を代表するポーカープレーヤー、
ポーカー侍こと渡辺元氏の
3人による「勝負、勝負」と銘打った
トークライブが行われたのである。

トークは旅、そしてギャンブルをテーマに進められ、
終わったのは
11時近くだった。
久しぶりに聞くハリス兄の生トークはどれも興味深いものばかりで、
アッという間の
3時間半だった。

僕はハリス兄を「人生の達人」として尊敬している。
いや、崇拝しているといっても過言ではない。

いまの僕の人格形成においてハリス兄から学んだことは数えきれないが、
もっとも強く教えられたのが「自分を嫌いにならない」ということである。

仕事がうまくいかないことから
バックギャモンで負け続けてしまうことに至るまで、
生きている以上は自分を呪ったり、
罵りたくなる瞬間に出くわすことが多々ある。
かつての僕はそれをネガティブにとらえ、
いつまでもそれを引きずり、
挙げ句の果ては自分で自分を追い込むような負のスパイラルに何度も陥った。

しかし、そんな精神状態は決して何も生み出さないし、
何の助けにもならないことを僕は経験で学んだ。
どんなつらいことでも永遠に続くことはない。
いまはたまたまこんな状況だけど、それはいずれ終わるし、
その後は上がっていくだけさ、と考えられるようになったのだ。

そんなポジティブ思考のクセをつけてくれたのが、
ハリス兄なのである。

この日のトークでもハリス兄は、
ギャンブルで負けているときの気持ちの立て直し方という質問に対して
「自分を嫌いにならないこと。そうすれば運は必ず向こうからやってくる」
というようなことを語っていた。

ハリス兄は1997年に初の著書「エグザイルス」を出して以来、
昨年出版された「ワイルド・アット・ハート」に至るまで、
共著を除き
9冊の本を発表している。
そのどれもが僕にとっては印象深い本なのだが、
2003年に出版された「幻の島を求めて」という本には特別な想い出が残っている。

この本の出版記念のイベントで僕ははじめてハリス兄と言葉を交わしたのだ。

このとき持参した「幻の島を求めて」にハリス兄はサインをしてくれた。
そのサインには“
Dont worry,Be happy”という言葉が添えられていた。

『ドント・ウォーリー ビー・ハッピー』といえば、
映画“カクテル”のなかでも使われたボビー・マクファーリンの大ヒット曲である。
なんともゆるい、いい感じの曲だ。
ハリス兄もこの曲がお気に入りのようで、よく自身のラジオ番組でかけていた。

Dont worry,Be happy”という言葉は、実にいい言葉だ。
目にするだけで、耳にするだけで、魔法のように勇気づけられる。
そんな言葉をサインに添えてくれたハリス兄のセンスに、
僕はまたまた魅了された。

このときハリス兄は僕に
「カツトシくんは仕事ナニやってんの
?」と気さくに話しかけてくれた。
僕が記憶している限りにおいて、
21世紀に入ってから僕のことを「カツトシくん」と呼んだのはハリス兄だけである。
たいていの人は僕のことを名字で呼ぶので、
名前で呼ばれたことにどこかくすぐったさを感じながら
「コピーライターをやってます」と元気よく答えた。
そんな僕に対してハリス兄は「じゃあ、同じ業界じゃない♪」と、
とびっきりの笑顔で応えてくれた。

想像していたとおりのフレンドリーなハリス兄の態度に気をよくした僕は、
出かける前から準備をしてきた、とある作戦を実行すべくカバンを開けた。
カバンには小さなバックギャモンのボードが入っていた。

図々しくも僕は、
ハリス兄にバックギャモンのボードにサインしてもらおうと目論み、
用意周到にカバンに忍ばせていたのだ。

そんな僕の図々しい申し出に対し、
ハリス兄は「うれしいねぇ。なんだったら、ここでやる
?」とまたまた、
とびっきりの笑顔で応えてくれた。
さすがにその場でボードを広げるわけにはいかなかったが、
ハリス兄はしっかりサインをしてくれた。
そして今度は“
Luck!”という言葉を添えてくれた。

「幻の島を求めて」という本には、そんな想い出がある。

一昨日、僕はハリス兄から最初の本「エグザイルス」をプレゼントされた。
そして、またサインをしてくれた。
いつものように“Dear Katsutoshi”という言葉を添えてくれた。

ハリス兄は今年の9月で還暦を迎える。
しかし、そんな年齢を感じさせないほどハリス兄は生き生きとして、
溌剌として人生をエンジョイしている。

その姿は、やはり僕の人生のお手本である。

2008.01