アニマルズ「悲しき願い」


昨日、僕が想像妊娠騒動の「疑惑の人」になったという話を書いたが、
昭和史に残る「疑惑の人」といえば三浦和義氏であろう。
あのロス疑惑の渦中の人だ。

ロス疑惑が騒がれ出した1984年冬。
僕は高校卒業を間近に控え、大学受験のため登校する必要もなかったので、
よくワイドショーを観ていた。
当時のワイドショーには連日、三浦和義氏の姿があった。

あの当時、多くの人たちがそう思っていたように、
僕は三浦氏に対して犯人視していた。
だから翌年
9月、三浦氏が逮捕されたときも、
ああとうとう捕まったか、という印象しか抱かなかった。
足かけ
2年にわたりたれ流された
ロス疑惑に関するマスコミからの情報の銃弾に、
僕のアタマも射抜かれていたのだ。

“情報の銃弾 検証「ロス疑惑」報道”なる書籍を見つけたのは
1989年のことだった。
著者は三浦和義氏本人であった。
僕は興味本位でこの本を買い、そして読んだ。

このときから、僕はいわゆるロス疑惑に対して、
疑問をもつようになった。
三浦氏が著者なわけだから
自身に都合のいいように書かれているという可能性を踏まえても、
三浦氏が当時の奥さんを銃撃する必要がまったく感じられなかったからである。

ロス疑惑が騒がれはじめた当初、
マスコミのストーリーはこんな感じだった。
ロス疑惑当時、後に妻となった元モデルとの交際のため奥さんが邪魔になり、
多額の保険金をかけてロスで何者かを雇い銃撃した。
そして保険金をまんまと手に入れた三浦は、
そのお金で豪邸を購入し、何食わぬ顔で元モデルと生活している。

しかし、元モデルと知り合ったのは事件後であり、
支払われた保険金は娘のために金や国債などの購入に当てられた。
そもそも事件当時、三浦氏の会社の業績は好調で、
お金にも困っていなかったし、夫婦仲もよかったという事実が
この本を読んでいるうちに浮かび上がってきたのである。

僕はひょっとしたら、
これは冤罪事件なのではないかと思うようになった。

19943月、東京地裁で一審判決が言い渡された。
この日は、各放送局が特番を組んでいた。
僕は仕事があったので、その番組の1つをビデオに予約しておいた。

一審判決は三浦氏の無期懲役だった。
しかし、実行犯とされた人物は証拠不十分で無罪。
三浦氏に対する無期懲役の判決理由は
「氏名不詳の者と共謀して、銃撃を実行させた」というトンデモないものであった。

僕は法律の専門家ではないし、法律をキチンと学んだ人間ではないが、
この判決はどう考えても無茶苦茶すぎると思った。
実行犯が特定されていないのに
「おまえは確かに殺害を企てた」といっているのである。
こんな判決が判例になったら、
たとえば夫婦仲が冷え切っていて「
誰か金を出すから女房を殺してくれ」とボヤいていたダンナの奥さんが
不慮の事故で死んだとき、
このダンナに無期懲役がいい渡される可能性が出てきてしまう。

疑わしきは被告の利益にという裁判の原則が、
そもそも成り立たなくなってしまうのだ。

これはひどい話だと憤っていたとき、
三浦さんを支援してきた人たちが中心となって、
このトンデモない一審判決に
異議申し立てをする団体が結成されていることを知った。
さっそく僕も、その一員に名を連ねさせていただいた。

一審判決から44ヵ月後の19987月、
東京高裁において逆転無罪の判決が下された。
判決の骨子は以下のとおりである。

1.起訴事実と異なる「三浦被告と氏名不詳者との共謀」を認定した
 一審判決には明らかな法令違反があり、破棄を免れない。

2.証拠上、三浦被告の共犯者は全く解明されていない上、
 共犯者の存在を否定する状況証拠も認められる。

3.三浦被告が共犯者と共謀し、銃撃させたと推断するに足りるだけの
 確かな証拠は見当たらず、合理的な疑いが残る。


そして200335日、最高裁で無罪となり、
あれだけ世間を騒がせたロス疑惑は三浦氏の無罪というかたちで終決した。

僕は三浦氏と一度だけお会いしたことがある。
20017月に発売された三浦氏の著書の出版記念イベントでお会いしたのだ。
そこで僕は短い間ではあったが、三浦氏と言葉を交わした。
ひと言でいえば、三浦氏はいい人であった。

今年4月、三浦氏が万引きで逮捕されたというニュースが世間を騒がした。

「ほら、やっぱり」という声が僕のまわりでもあった。
しかし、万引きしたからといって
奥さんをロスで銃撃したという証拠にはならない。
万引きは万引き、銃撃は銃撃なのである。

19859月の逮捕以後、
三浦氏は各マスコミが行った名誉毀損報道に対し、
476件の訴訟を起こした。
三浦氏の勝訴率は約
80%にのぼった。
残り
15%は時効による却下で、
実質的な三浦氏の敗訴はわずか
5%であった。

いかに当時のロス疑惑報道がいい加減なものであった、
このことからも容易にわかる。

東京高裁による無罪判決が下される前年、
199711月、島田荘司著の“三浦和義事件”という本が出版された。
そのなかに、三浦氏が
来日していたアニマルズのコンサートを観に行くシーンが描かれている。

三浦和義氏とアニマルズ。
なんかちょっと結びつかないが、
1947年生まれの三浦氏はまさにビートルズ世代。
少年時代、アニマルズに夢中になっていても不思議はない。

アニマルズといえば、
僕のなかではやはり『悲しき願い』である。

Oh Lord please don't let me be misunderstood.

というフレーズ。
なんとなくロス疑惑当時の三浦氏を象徴していると思うのは
僕だけだろうか?

2007.06